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不思議の国の日記
"I see nobody on the road." 彼女には彼が見えるのです
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白湯の水割り
目覚ましで目を覚ますが
部屋が寒くて起き上がれなかった。エアコン使う?

棚の組み立て、小物の整備。
必要そうなものを手当たり次第買っている気がする。
ゴミをまとめるとかなりすっきりした。

いったいどの程度の音まで大丈夫なのか。
幸い隣や下は居ないらしいのだけど
掃除機ガーガーやったりして平気かしらん。
ものを落として音立てたり。これは不可避だが……
外の階段を歩く音は聞こえるから壁は薄め?

ゆでれば済むうどんを食べる。
一人だと以外とまじめに片付けたりして。今だけか?
シャワーが非常につかいづらい。
お湯の出方が特殊らしくて温度調節が難しい。
それだけで結構ストレスになるもんだな。

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分別のあるひとに
本棚を組んでいると家からの荷物が届く。
あと母上と妹君が救援に来てくれた。多謝多謝。
まず卒業証明書の確認。あった~よかった~。
だいたいの家具、衣類は揃ったが足りないものも
あるので買い出し。とりあえずテレビ買わないと。
見た目で選んで、後日配送してもらうことにした。
近いから手で運んでもいいのだけどね。なんとなく。

ゴミの分け方がよくわからない。
弁当などプラスチック容器は燃えない扱いらしい。
市役所だかで分別一覧表をもらってくる必要がある。
大量の段ボールもどうしたものか。

夜は米を炊く。あとは買ってきたコロッケ。
なるべく安くしようとはしているが
まだまだ食費の感覚を掴むには時間がかかりそう。

新章突入
引っ越し当日。
その前に学校で卒業証明書の発行申請。
教科書とまとめて送ってしまったと思うのだが
万が一無くしていたとき用に。万が一ですよ。
本来発行には三日かかるのだけど本気を出せば
三十分くらいで出せるらしい。いつもそうしてよ、と
言えるような立場にないので無かったときはお願いします。

一路新天地仙台へ。
今日は家具類が届く。ので部屋で待機。
イスやベッドが床に傷をつけそうなんだが大丈夫か。
机の組み立ては一人ではなかなか大変だった。

ひとつ遅れた掃除機の到着を待って買い物へ。
よくわからないなりに必要そうなモノを買う。
99円ショップとスーパーどっちが安いのかとか
学ぶべきことは多そうではある。
夕飯は調理器具がレンジしかないので
それで出来るパックのものにする。ま、今日は。

いまいち勢いの足りないシャワーを浴びて寝る。

サクラサク
メガネを見てもらうために眼科へ。
かなり早い時間に行ったのだけどもう人がいっぱいいた。
メガネの度があっているかを確かめるだけなので十分で済むのに一時間も待つことに。うーん。

研究室の引き払い。
おまけを回収。鍵の返却。先生はいなかったので挨拶できなかったのが残念です。お世話になりました。
他の人の荷物はまだ置いてあるけど大丈夫なんですかねぇ。

BくんやSくんも来るということで批評会へ。始まるの遅くねぇ?
シンブルは細かい気配りができてない。そういうところがちゃんとできるようになってほしかった。
カラチェンは二色だけだと飽きてしまうので違う流れをつくってほしいですね。
ウォンド。フォームが大雑把な感じ。二回目の一本遊びはネタがばれるレベルなのでカット推奨。
ハト。順序を追うので手いっぱいなのがこちらにも伝わってきてしまうのはNG。助手はしっかりしてください。
カード。いったい何を楽しむものなのかよくわからず。ルーティンは知らんので技術を人並にしてもらえると。
マスク。終わり方が気になる。明らかに怪しい動きをするのは「仕方がない」で済ませていいのかな?

ついこの間まで一年生だったはずの世代がいまや三年生ですよ。どうしたらいいんでしょう。
この学年の感覚というのは実に不思議。今年(四年次)はあまりサークルに関わっていないから
その前の三年のときの感覚が一番強いということだろうか。時は、待たない。
しかし批評はもう少しちゃんと出来ないものか。厳しいとか甘いとかでなくて
スルーしちゃいけないところはスルーしない、ってだけなんだけど。ちゃんと演技見てんの? って思う。
批評なんて印象批評(“個人的な”感想)しかできないんだからそれをするしかないじゃない。
あとは個人的なレベルの話とサークルとしてのレベルの話というのがあって
個人の出来が良かろう悪かろうというのと次の世代に伝わるべきことが伝わっているかは違う。
大学の代謝は四年周期なので、ちょっと途絶えるとすぐに消え去ってしまうのですよ。
ルーティンや技は変化していって当然なのだけど、歩き方だとか示しのときの見せ方だとかは
まず時間と関係なく綺麗で見やすいものが存在するはず。そういうのをさぁ……
とにかくシンブルは手で面をつくるとかなるべく前に出すとかを覚えてほしかったよ。
次こそは弟子がつくように新歓ショー、種目紹介頑張ってくれぃ。で、ちゃんと教えてあげて。

サクラが咲き始めているが、満開には至らない。


梱包
研究室の荷物を持って帰る。やっぱりおまけだけ入らないので明日にまわそう。

最後だし、ということで古本屋巡り。
少し前までは三百円ちょいだった「ギャラリーフェイク」の二十巻以降がぽろぽろ百円棚に落ち始めたので
二冊ほど購入。すでに完結はしたので全部集めたいところではあったのだが。

荷造り。
といっても家具などは買った店から直接あっちに送るので「引っ越し」って感じではない。
教科書、ノートなどはまとめてもっていく。いつ何が必要になるかわからないからね。
持っていく本選び。すべてを持っていきたいところではあるが本を読むために東北へ行くわけではないので
泣く泣く段ボール一箱分だけ選ぶ。小説は図書館などでも借りて読めるのでマンガ中心。
家事の参考にならんかなということで「さんさん録」なんかも持っていく。ディスコミは多いので諦めた。
しかしなぁ、今のところ生活のことでいっぱいいっぱいだけど、ちゃんとお勉強もついていけるんだろうか?

最後の仕事
メガネをとりにいく。
しばらくかけていて視界の右隅のあたりはピントが合わずすこしぼけた感じになることに気がつく。
左右の視力差が大きいことも関係するかもしれないが前のメガネはそんなことはなかった。
ちょっと気になるので眼科に度数をチェックしてもらうときに聞いてみるか。

研究室の机の片付け。
一気に私物を持って帰るつもりだったがノートに教科書にでかなりの量があるので何日かに分けることに。
コーヒーのおまけがかさばってしょうがない。かといって捨てるには惜しいのでこれも持って帰る。
卒研のページは画像を大きなサイズにつくりなおして修正。最後にデータを消せばよかろう。

バイト。、新しい人が入った。でも三人抜けた穴は埋めきれないしね。
今日で最後だからといって特別変わったことがおきるはずもない。むしろ何もなさすぎて困った。
挨拶だけして終了。もう三年もやっていたのか。そのわりには……いや、いまさらですね。

踏切が鳴る
卒業式。時間がなかったので天気予報を無視して自転車で会場へ。これが、後々効いてくる。
時間ぎりぎりで中に入る。三年ぶりに聞く校歌は古そうなメロディーだなと思った。
学校の話をしていたはずなのにいつのまにか地球規模の話にジャンプする長話を聞いて終わり、ではなくて
表彰もあった。成績優秀者に小学校のときの同級生らしき名前があった。同一人物かどうかは知らない。

外に出ると雨が降っている。
サークルの皆様から花束を貰った。雨の中わざわざすみませんね。
式はほぼ無意味だし、サークルは昨日まで一緒にいたこともあるしで卒業の実感は全くなし。こんなもんか。
屋根のあるところで窮屈な集合写真を撮って解散。
印鑑を取りに家に戻らなければならないのだが雨。自転車。傘は売り切れ。
なんとかなるだろうと雨の中を自転車で走る。思ったより本格的な雨と無駄な吸水力で
すぐにスーツが再起不能なレベルにまで濡れてしまった。しょうがないので着替えて学校へ。

学部の式典。名前が呼ばれるというのは知っていたが
まさか二百人全員が壇上で卒業証書を貰うものだとは思っていなかった。
他がスーツの中でフードのついたフリースとジーパンで卒業証書を受け取る。ちと恥ずかしい。
Bくんはスーツっていうか衣装を着ていた。あと成績優秀者に元部員のPくんが入っていた。すげー。

祝賀会には出るつもりがなかったのだが飲み物だけでも、ということで行ってみる。
全員ではなさそうだがかなり多くの人がいた。食べ物も量は多い。昼を食べていないので代わりにいただく。
一時間強で終了。余った料理は学部棟の会議室で続きをやるから運ぶの手伝え、と言われて
素直に運んだら先生はいるのに学生が誰もいなくて帰るに帰れなくなった。あれぇ?
しばらくすると学生も少しは来たが帰るタイミングは完全に逃してしまった。
某Y先生の話。酔っているとはいえ同じ話で何周もループするのは勘弁してほしい。
先生同士でしゃべってるところってあんまり見なかったけど結構仲いいのかもと思った。楽しそうだ。
教員はどこまで学生の面倒をみるべきか? みたいな話もあったが講義さえわかりやすいものを
やってくれれば単位の管理なんかはしなくていいと思います。そこらへんは自分でやれと。
結局九時頃までつかまっていた。ファミ通を買って帰宅。

新作「ペルソナ4」のPVを観る。
今年の夏に発売予定。前作(3)が売れたのでこの機を逃すかと急いでつくったのかと思ったが
気がついてみればもう二年も間が空いている。シリーズものとしては普通の間隔か。
スタッフはわからないがプロデューサー、キャラデザ、音楽は同じ人。シナリオはどうなんだろ。
前作の二年後の世界という設定らしい。田舎の街が舞台。直接はつながってないので安心。
イメージカラーは影のある青から明るくかつデンジャーな意味をもつ黄色へ。
キャラデザは主人公が無個性すぎて面白くないけど、仲間はこっちのほうが好み。クマは置いとく。
ペルソナ召喚、もしくはダンジョン侵入の鍵が“メガネ”らしくて、戦闘中全員がメガネをかけてた。
それってどうなのよ? と思ったが一種の共通コスチューム(前作での腕章)として考えればカッコいいかも。
音楽はラストの予告部分がいいけど前回のDVDと比べてしまうとインパクトは弱め。
前作と似たようなものが求められつつも同じものは拒否されるという難しい状況なんだろう。
テレビやメディアというのがテーマにきそう。シナリオは良いものになりますように。
メタルギアも夏前には発売されるし、ひさしぶりにゲームをやることになりそう。やる時間はあるのかな?

房総あるいは暴走(2)
宣言されていた時間よりも遅れて起きる。荷物をまとめてとっとと出発。

まずは昨日果たせなかったイチゴ狩り。
そもそもイチゴって好きではないのだけど来た以上は食べる。あきひめという品種が甘くて良いね。
時間制限は三十分だが二十分くらいで終わり。美味しくてもそんなにずっとは食べられない。

次、鋸山での登山。
よくわからないまま登山コースを選んだら大変なことになった。めちゃくちゃキツイ。
階段状のところをひぃひぃ言いながら登る。本格的な運動のレベル。暑い。
一度上まで登りきって、ロープウェーに向かうはずが道を間違えて無駄歩き。うわー。
またしばらく歩いてでかい観音様と地獄のぞきだけしてロープウェーで降りる。三分で降りられてがっくりくる。
小学生のときに歩いて登った記憶があるのでおそらくは本格的なハイキングコースを選んでしまったようだ。

最後にパターゴルフに向かうはずだったが疲れてるし時間的に間に合わないしで無しに。
雑誌で紹介されていたラーメン屋も混んでいたので帰ることになった。
夕飯だけ皆で食べて西千葉駅前で解散。長い二日間だった。
これはいい思い出になる……のかな。少なくとも忘れることはなさそうですがねぇ。
疲れすぎてしまって感慨も何もないのは“らしい”といえば“らしい”のやも知れぬ。

房総あるいは暴走(1)
朝も早いうちに集合。
配られた旅のしおりの完成度がある意味すべてを物語っている。いきあたりばったりで行きましょう。

まず潮干狩り。はじめ乗り気ではなかったのに
ビーサン履いてズボンの裾を捲くって歩いているだけで楽しくなってくるから不思議。
泥が跳ねるのですぐに裸足になってそこらへんを掘る。ほとんどが三センチにも満たない小さいものだが
そこそこのものもあるにはある。はまぐりは懸命に探してもBくんが一個見つけただけ。
三十分くらいで皆飽きてしまったので終了。今回は食べるのが目的ではないので小さなものを捨てたら
すぐに泥を吐くあさりではなくて、手間のかかってしまうしおふきという貝ばっかりになっていた。
夜飲むときにでも、ということでトランクにつめて次の目的地へ。

スーパー回転寿司(どこがどうスーパーだったのかわからない)で昼食をとってマザー牧場へ。
当初の目的としてはここでイチゴ狩りのはずだったのだけど人気につき終了していた。残念。
しかたがないのでソフトクリームを食べて動物を見てぶらぶらする。
うさぎはもこもこしてるだけで十分お金を取れるような気がしますがブタはもちっとやる気をだせと言いたい。
迷路は別料金のため僕は参加せず。Oくんが不正をしていたようですが、結構複雑らしい。

宿は以前にメーリスで提案されたところがとれなかったらしく、今日予約した民宿。
荷物だけ置いて夕飯&遅れてくるKくんを迎えに行く。
目星をつけていたお店は「今日はご飯がない」という理由によりアウト。予約すればよかったらしい。
そのお店で教えてもらった寿司屋も「もうシャリがない」でツーアウト。ここらへんの文化なのか?
しばらく駅周辺をうろうろするがそもそもお店があまりない。開いていたちょっと高めのお店に決める。

スーツ姿のKくんを回収し温泉施設で汗を流してから飲み会。
つまみも含めてたくさん買ったわりには皆疲れて眠いし明日は朝早そうだしですぐにお開き。
わかってはいたが八人分の布団を敷くには部屋が狭い。ぎゃーぎゃー騒いでいるうちに就寝。

一人三役
九時過ぎに起床。お茶漬けを食べて部屋を片付けて荷物を積み込んで出発。
途中の渋滞で下に降りたらそっちも渋滞で結構時間がかかってしまった。
運転してもらっているのに後ろで寝てしまってすみません。忘れないうちに免許とらんとね。

何の冗談か直でバイトへ。遅れたけどね。
一時間短いだけでだいぶ違う。ぼけっとしてるうちに終了。

明日からは卒業旅行なので荷物だけ積み替える。
しかし猿ヶ京も面白かった。誘ってくれたBくんに感謝。実行兼ブタ監兼演者お疲れ様でした。

Phantasmal perfect cherry blossom
八時前におこされる。
おばちゃんがお変わりないのは大変結構ですが、朝はもう少しボリュームを下げていただきたい。

荷物を持って会場へ移動。
照明室の中ってのは一年のときのスポットの補佐以来だ。色をつくってもらって練習して待機。
ムービーはよく出来てるが少々年齢層を見誤っている。フィナーレのエンディング感はベリーグッド。

一回目のドラリハ。
各演技の開始を確認していなかったことに気づいたのでスポットに合わせてごまかす。
幕関係が不安定で照明のほうにも影響が。進行ホリが明るすぎるのもよくないな。

問題点を潰してからリハーサル。
空いている演者が進行を手伝うことで幕の問題は解決。
シルクのカットアウトがスポットに伝わらなかった。インカムないとこんなとこでも不便。
その他はかなり良い感じ。途中で本番の気分になってた。もうこれでいいじゃん。

急いで昼食になるはずだった弁当を食べていざ本番。
ホリチェンのタイミングを間違えたりインのタイミングを逃したりしたがお客さんが気がつくほどのミスは
なかったはず。ほかのスタッフもしっかり仕事をこなしていたし、演者も大きなミスはなかった。
フェローカラチェンはなかなか成功しないので仕方がないのですよ。ぱっと片づけて撤退。
有志だからか、人数少ないはずなのに撤退もいつもより速い。全体的に普段の夏よりも
レベルの高いものになっていたと思う。やりゃあできる、ということか。

まんてんに行って(今日はコーヒー牛乳があった)からささやかな飲み会。
十二人というのは机を並べてみると大変少ない。ビールがないのは皆が幸せになれていいと思う。
人気投票は四年組が圧勝しすぎていてつまらん。もっと頑張れ二年生。
「エリーゼのために」はいい曲だねぇとか「マイバラード」を知っている人が意外に多いとか
物理の問題をやってみたりしているとなりゆきから生物の話と人類の未来についての話にシフト。
高校のときに減数分裂の意味が理解できなかったあたりで生物はリタイアしているのだが
Bくんの解説はわかりやすくてためになった。なぜこれだけのことが理解できなかったのか。
以前から謎だったDNAの情報圧縮性はよくわかんないけど外からの作用も重要らしい。でも不思議。
進化についてもマイノリティがとって代わる可能性が十分にある、というのはわかるのだが
納得はできないような。そこに意志のようなものをみてしまっては科学にはならないのだろうか。
人類の方向性についてはあくまでそういう話が好き、ということであって本気でそうなるとは思ってないし
なってほしいとも思っていない。ただそういう方向を志向する人はもっと多くていいと思う。

三時過ぎに寝る。夏合宿と違って部屋が広く使えてうれしい。

四度目の正直
今日から特別春合宿で猿ヶ京へ。
昼過ぎにレンタカー屋の前にて集合。七人乗らなければならないのだが車が小さい。あれ?
後ろのシートを無理やり使って七人乗る。哀れな犠牲者二人はじゃんけんで。
途中で負けて座ったが他の座席と違ってクッションがないので座り心地は最悪。
車の窓の外に見える鉄塔がやたら気になる。見えるものと認識するものは違う。

ほぼ夕飯の時間くらいになって到着。
夕飯後は貰った回数券を持ってまんてん星の湯へ。温泉は何度入ってもいいね。
楽しみにしていた湯上りのコーヒー牛乳が売り切れで大いにショックを受けた。がっくし。

しばらく「今日の料理」で黒ゴマでなく黒コショウとか騒いでから練習場へ。
明日の説明を受ける。進行が思ったより大変かも。インカムが使えないというのも不便そうだ。
有志だけなのにCMCの名を使うのは他の人の承諾が必要だったのではないかな。いまさらだけど。
その後演技を一通り。人が人なので完成度はなかなか。シンブルは細かいところへの気配りが足りない。
マスクのエンドポーズがえらくカッコいい。途中の消失に無理があるかもだけどまぁよし。
四年二人はなぜか足や示しがおかしい。膝曲げないだけで結構変わる。
二時過ぎくらいまでうだうだしてから就寝。こうして遊んでいるのはやはり楽しいな。

スーパーフライズ
入学手続きのために仙台へ。
時間の都合で試験のときと違うバスに乗って違うバス停で降りたのだが案の定迷った。
目的地までは徒歩五分のはずなのだが方向の検討すらつかない。近くの建物で聞いてやっと到着。
手続きそのものは十分ほどで終わる。これだったらわざわざ来させる必要ないじゃない。
「最後に教科書をもらってください」と言われてなんのこっちゃと思っていたら「許可証」だった。はん。

午後は家の寸法を測りに行ったり本屋を巡ったり。
新幹線の時間がかなり遅いものだったので時間をつぶすのに一苦労。
最後は二時間前から改札入って中の休憩所のようなところで本を読んで過ごす。

ということで銀林みのる「鉄塔武蔵野線」を読む。日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
小学生の男の子が鉄塔の番号をさかのぼっていって「一号鉄塔」を目指すという話。
著者自身が鉄塔マニアの人らしく、解説といい何十枚という鉄塔の写真といい
これははたして小説なのかというのが気になるところ。フィクションのかたちでの鉄塔レポート。
主人公と友達の小学生っぽさはとてもいい。ひがしでん係とか、そういうの昔やってたかも。
実際の写真付きでとにかく順番通りに鉄塔を追っていく。主人公の成長とかそういうのではない。鉄塔の話。
最後だけファンタジーになるのだけどこれが突然電源が切れたかのようにして終ってしまう。
今回読んだハードカバーのほかに、文庫が二種類あってそれぞれ結末が違うらしい。
少なくともハードカバーの終わり方はひどいと思う。あと写真はもう少し大きくしてほしかった。

帰ってきてすぐに明日からの準備。照明表のプリントアウトも忘れずに。

とても長くて短いあいだ
さやうなら。

傷だらけなので新たなメガネをつくるために眼科へ。
ひさしぶりに行ったら綺麗に改装されてた。車いす用のスロープなんかもついてるし。
目に空気をぱしゅんとやるのが苦手で行きたくなかったのだが、一回で終わった。ラッキー。
視力検査はどこまでがハード的なもので、どこからがソフト的なものなのかがよくわからない。
前にテレビでやっていたマサイ族の話のように、器官的な解像度と認識できるかどうかは話が別なんだけど。

新しいメガネだけ選んで学校へ。
ほぼ十日をかけた計算は終わっていた。問題のピークの位置は合っていたが全体のぶれが激しすぎる。
刻み幅が大きすぎるとこういう風に振動してしまうらしい。まぁ、今回はこれが限界。

バイト。前レジ。
今日からの学校があって教科書販売が列ができるほどの混雑になっていた。よかった、前で。
その一言で事態が始まる以前からして決定的であったことが示されてしまった以上、どうしようもない。
はたして青い球体の出番はなかったわけだが。しかしなぁ。しかたない。
黄色い本に続いてピンクの本こと「Boy's Surface」を購入。あそこに見えるものは……

学校に戻ってグラフの差し替え。
ファイル形式を変換するときに精度をけちったら拡大に耐えられないような代物ができあがったので
また二十分ちかくかけてやり直し。っていうか前回から誰か設定変えただろ。小さい。
あとはアップするだけなので卒業式の日にでもやってここを出て行きましょう。

TVカット版
昨日の「デビルマン」はやはりテレビ用に編集されていたらしい。
むちゃくちゃ詳しくあらすじをまとめているところによるとそこそこ重要そうなシーンも削られてる。
無論、ダメだった理由のすべてがそこにあるわけではないにせよ、少し悲しい気もしなくもない。
というかそもそもPG-12だったのね。それってそのままテレビに流すのもだめなんだろうか。
まぁあの最期であることを考えると仕方がないのかしらん。

バイト。
最近はバイトは二人がデフォルトになりつつあるので後ろレジに入る機会はめっきり減った。
無いなら無いに越したこたぁないんだけど。

構成表その他もろもろがメールで届いたので照明表をまとめる。
あそこの設備では手でやるしかないのだよね……大丈夫だろうか。
ムービーがどうってのは、これはあれか、某赤門がある大学のやってたやつか。できるの?

悪魔のちから
時折目を覚ましては夢とも妄想ともつかぬものを見続けているうちに午後一時。なぜ。
ちょうど妹君が借りてきた「海がきこえる」を観始めていたところだったので横で観る。
回想として語られる高校時代。東京からの転校生の女の子とその子のことが好きな親友と自分との話。
ずっと劇場公開された映画だと思っていたがテレビ用に企画・放送されたものらしい。
スタジオジブリがつくっているけど宮崎駿はほとんど関わっていないとのこと。へぇ。
お話としてはだいぶ地味なものだと思う。登場人物も少ないし大きな事件は起きないし。
でも「耳をすませば」的な派手で忙しく濃い青春を送る人が走り回っている後ろで
こんなふうに静かで淡々としているけど本人にとっては大切な時間を過ごしている人もいるのかも。
作画がやや不安定なのと、タイトルにある「海」が話に関わってこないのはちょっと残念。
しかし「ちょっと勝手な女の子に振り回される男の子」という構図は今も昔も有効なのだね。

筒井康隆「文学部唯野教授のサブ・テキスト」を読む。
唯野教授へのインタビューと筒井康隆の対談とポスト構造主義による「一杯のかけそば」分析の三本立て。
不勉強なまま読んでも難しい、っていうか何の話をしているのかついていけないところ多数。
「一杯のかけそば」分析はわからないところを読み飛ばしてもそれなりに。彼らはスパイだったのか。

これが最初で最後であろうT氏たちとの飲み会に行った後は「デビルマン」を観る。
原作は以前読んでいる。最初と最後が面白くて好き。中盤のエピソード群はそんなに好きじゃない。
今日観たモノは、噂には聞いていたが(古文的な意味でも)“凄まじい”モノだった。これは映画なのか?
原作のエピソードを散りばめながらも、崩壊して意味のわからないシナリオが一番の元凶。
テレビ放送はカットされたシーンがあるんだろうか。あったとしても、シレーヌとかジンメンは要らない。
そこに時間をかけるんだったらもっと一般人の変化を追えと。いきなり皆凶暴になってる。
くわえて主役二人(だけじゃないけど)の役者が酷い。飛鳥了の目つきが悪すぎて怖い。
美樹ちゃんの一人称で「セッシャ」は使ってほしかったけど、これはどうでもいいか。
CGのアモンは思っていたよりカッコよかった。でもすぐにメガテン3の主人公みたいになっちゃうのは×。
無駄にCGを使っているわりに、生身のシーンは最悪。銃を持って走る後姿で笑えるのは凄い。
コレがお金をかけてつくられて、お客さんからお金をとって劇場公開された、というのが一番の悪夢。
世の中にはいろいろな目に見えない“ちから”があって
例えば「シベリア超特急」はマイク水野の強い力によってああいう“かたち”になったのだけど
「デビルマン」はもっと数多くの、おそらくはシビアな力が働いたはずなのに
どうしてこういうモノが出来上がるのかが不思議でしょうがない。誰か止めてあげてほしかった。
原作者の永井豪がチョイ役で出ているのだけど、しかめっ面しかしていなかったのは何のサインだろう?


ライデン瓶の熱弁
学校へ行く。
この部屋に入った途端、目が痒くなってくしゃみ連発。花粉ではないのか?
来て何もしないのもあれなので教科書を読むがよくわからない。
わかる部分を読んでいたはずなのにどうしてそういう結論になるのかわからない。
計算はあと二日を要する模様。計算機の修理を遅らせることになってしまって申し訳ありません。

バイト。
最近の電子辞書には英語の単語だけでなく、有名な演説や日本人の文学作品の“読み上げ”機能がある。
声に出して読んでくれるのだけどそこに「肉声朗読」って書いてあって与謝野晶子の写真なんか載ってると
もしかして本人の朗読した音声が残っていたのか? と一瞬錯覚させる恐れがあるのではないか。
少なくとも僕はそう思ってしまった。必要なのは本人の顔写真ではなくて作品リストだろう。
英語は演説集でリンカーンやキング牧師が入っているのだけど
これにベンジャミン・フランクリンが入ってくると意味がわからない。演説なんてあるの?

頭が重いので空耳アワードだけ観て寝る。大賞はよいですね。

鉄のかけら
早めに寝たがおきたら一時半。なぜ。

学校へ行く。
メインの計算は終わったものの、つないで積分するあたりにも時間がかかることを失念していたので
あと二、三日はかかりそう。これを待っているのも飽き飽きなので先にHPへのスライドのアップ。
手順を書いた紙はもらっているのでそれに従うだけ。数式の表示が汚いのは仕方がないのだろうか。

SFマガジンの二月号を読む。主に短編。
谷崎由依の短編を読むべく借りたのだがよくわからなかった。「舞い落ちる村」のほうが好きね。
他も難解でよくわからない。小林泰三の「三〇〇万」はわかったけど、この人にしては甘いのではないか。
あんまりしっかり読んでないのだが宇野常寛「ゼロ年代の想像力」が面白い。
主に最近のマンガやゲームなどの批評(?)なのだけど、そういう見方も出来るのねー、と。
まだ海は青く見えない
半日かけて「うみねこのなく頃に」第二話を読む。思ったより短かった。
魔女の碑文があるからか大まかな流れは第一話と同じ。鬼隠しと綿流しほどの差はない。
「信頼できない語り手」あるいは「探偵と読者の差(後期クイーン問題というらしい)」の問題を排除すべく
導入された“絶対的な事実の明示”というのはゲームにもやりがいがでるし面白い。復唱要求!
反面そこに示されないものは全て疑わしくなるけど、そんなことは「ひぐらし」で学習済みなので無問題。
密室がどうこうという話がほとんどなので少々ダレぎみ。やっぱり終わり方は唐突というかなんというか。
演出凝ってるのはいいのだけど新手のポケモンフラッシュは次回は控えて欲しいと思う。ちょっと重かったし。
全体の構造はまだ見えてこないが次回以降もこう同じように話が進むのだろうか。期待と不安が半々。

ΕΥΡΗΚΑ!
一時におきる。寝すぎ。

計算は三百五十を超えた。
ちょうど今使っている計算機のハードディスクを交換するとかいう話があって
中断しなきゃいかんのかなと心配していたが、少し先延ばしになったので最後まで出来そう。じゃなきゃ困る。
そろそろHPへのアップもやっておかないと怒られそう。でもなぁ発表のときのスライドから
どこまで修正するかは難しいぞ。あわよくばアニメーションもつくってみたいが……

図書館とバイト先によってから帰宅。結局最後までタイミングが悪い。
借りてきた小峰元「アルキメデスは手を汚さない」を読む。江戸川乱歩賞受賞作。
中絶手術で死んだ少女の最後の言葉“アルキメデス”。直後におきた弁当への毒物混入事件。
さらには失踪事件まで絡んでくるミステリあるいは推理小説。宣伝文句は「青春ミステリ」らしいので
高校生たちが事件を解決するというのを想像していたが全然違った。実質の目線は中年の刑事。
ミステリ、推理小説はあんまり読んでいないのでそういう視点からの評価は知らないが
お話としては勢いもあって面白いのに、アリバイがどうとかいう話が浮いてるような感じ。
謎解きというほど明確な謎ではないのでこれって人が死ぬとか必要なの? というのは気になる。
さらにタイトルに関係する話の締め方(閉め方?)についてもそんな丸投げでいいのかよ、と。
そういう点はおいておくとして、面白かったのは「大人から見た理解不能な若者」というところ。
最近の若者は……という言葉は古代エジプトにもあった、というのはホントかウソか知らないが
生意気な高校生を相手に「全く何を考えているんだか」「別な生き物のように思えてきた」などなど。
で、面白いのはこの本が書かれた時期。乱歩賞を受賞して本になったのは1973年で
うちの母上が中学生をやっていた頃になる。今も昔も変わらないということか。
しかし、ここでの若者像は現代のそれとは違ってやや過激。これは六十年代の学生運動の名残らしい。
解説にもあるけど高校生たちとしてもこういう過激さとその後の合理的な思想の間で悩んでいる、というのも
出てきて非常に興味深い。この大人と若者のディスコミ状態には「わかるのか?」という疑問形ではなく
「わかりたいのに、わかるはずなのに」という形。“大人から見た若者像”の時代変化というのも面白そうだ。

知らない名前
夢。あなたは誰?

銀行に敷金・礼金のようなものを振り込みに行く。
用紙を書いて渡すと窓口の人が苦笑いしてる。何ですか? と聞くと
あんまり聞いたことない信金の名前だったので……だって。そりゃぁ地方のですからねぇ。
苦笑いじゃなくて普通に「確かめてもらえますか?」とか言えばいいのに。

計算は二百八十を超えた。あと半分。
むちゃくちゃメモリを喰ってるらしい。他の人は使ってないから、使えるだけ使ってしまえ。

バイトは前レジ。いかんともしがたいとはこのこと。ジンクスはどうしたんだ。
黄色い本と「好き好き大好き超愛してる」を買って帰宅。次もひとつの最後。

タモリ倶楽部の空耳アワード(これも録ってあった)を観る。
まぁまぁ。短いのは映像によるストーリー付けのほうで頑張って欲しい。

三人の「六番目」
昼過ぎにおきる。朝までの飲み会というのは長かったはずなのに現実感が希薄になる。

テレビをつけるとマラソンをやっていた。
マラソンそのものには特に関心はないのだけど、バイク中継というのが非常に面白い。
カメラとリポーターがバイクにのって併走するだけなのだが、リポーターがすーっと画面に入ってくるのも
面白いし、バイクならではの滑るような画面効果(なんていうのかわからない)も面白かった。

録っておいたNHKのトップランナーを観る。桜庭一樹がゲスト。
「ブルースカイ」しか読んでいない。写真などを見たかぎりでは豪気なひとなのかと思っていたのだが
着物といい、喋っているときの細い声といい、楚々とした感じのひとだった。
ハードカバーで出ているあたりは読んでみたいが買うには高いし図書館は予約でいっぱいだし……

恩田陸「六番目の小夜子」を読み終えた。デビュー作。
地方の進学校に密かに伝わる“サヨコ”の儀式。鍵の継承。バラを生けた花瓶。演劇。
六番目の“サヨコ”の年に沙世子という少女が転校してくるところから始まる青春小説。
昔、NHK教育でやってたドラマを時々観ていたのだけど、そのときにはよくわからなかった。
少なからず個人的な体験として、たとえば学校の七不思議だとか噂だとかいうものはなかったのだけど
こういうのもありそうだなぁと思わせるものがある。誰がつくったものかわからないし
いったい何の意味があるのかもわからないままに着実に伝わっていく物語めいたもの。
学園祭の「劇」のシーンはすごいし、全体の雰囲気は学園モノのお手本とすべきくらいに上手いのだけど
ちょっと“短い”のかなぁと思う。終わり方もけして悪くはないはずなのだけど、物足りない。
ミステリではない(よね?)のでもっと説明しろというのではなくて、もっと細かく、もっと長く書いていいのでは。
「夜のピクニック」も本としてはそこそこの長さがあるはずなのにもっと長くていいと思ったんだよなぁ。
キャラクターは男の子が「女の子にとっての男の子」であって男の子そのものではない感じ。
主人公と沙世子のクールな関係は好きですが。雅子たちって必要だったのだろうか。
前日譚である「図書室の海」のほうが話としては短いのだけど
“十分に”書いてあるし三人のキャラクターは魅力的だしで完成度は高い。
本編とは関係ないが、解説は穿ちすぎではないのかな? なんかオカルトっぽいんだけど。

追い出されて……
昼になっておきる。十二時間以上寝ていたことになる。

追いコンってスーツだっけ? ということだけ確認して家を出る。
どうせ戻ってくるのだが西千葉まで電車。新歓ショー行ってないのでケーキ初めてにして最後ですよ。

はたして準備は終わってるのだろうかということを気にしながら一次会のお店へ。
出し物はそれぞれ頑張っていたと思います。腰の角度の測り方は間違っていると思うんだな。
なにやら個人的にへこんでいる人もいたようですが、面白かったと思います。
フライ返しやらお皿やらを貰う。ありがたく使わせていただきましょう。

二次会。パネルがついているのにこれで注文できないとはどういうことか。
某DVDについては隅にオリジナルをいれるというので面白さ十倍増。懐かしい。
一人暮らしの面倒さについてあれこれ話を聞く。朝と呼べる時間帯に起きられるのかからして不安。

三次会。今年は潰れている人が少ない。
将来のことは考えるだけで憂鬱になりますよね、と。定職を手にするのはいつの日か。
なんで追いコンに来てまでで、というのは置いといて隅のほうでゲームやらマンガやらの話。
幅が広いだけに人と趣味が合うかは難しいものがある。「アクトレイザー」が三人とも通じたのは一種の奇跡。
泣けるものが良い、という価値観には賛同しません。感傷と感動は違うと思うのですが。

始発が動き出したあたりでお開き。
本当に偶然の作用で入ったサークルがこんなに楽しいものになるとは思っておりませんでした。
先輩方、同学年の人々、後輩の皆様方、大変お世話になりました。ありがとうございます。
現在のところ、(男女比および種目数はまだまだですが)人数は多くていい状況だと思うので
ぜひとも新歓を成功させてさらに盛り上げていってください。とくにシンブルは頑張るように。

誰もいない中を歩いて帰宅。信号機の色の鮮やかさに初めて気がつく。

抗原反応
計算は七十回を越えたあたり。
ゴールは五百にセットしてあるのだから、まぁ一週間はかかるということか。
ところで一週間ほど前から研究室にいると目がかゆくて鼻もとまらないのだけどこれは花粉症なのか?
屋外で症状が出るのではなく、研究室というところがミソ。花粉と考えるとおかしくないか。埃?

バイト。前レジ。教科書が始まってしまう。
鼻のかみ過ぎで頭のクロック数が落ちてる感じ。ぼーっとする。
注文していた黄色い本を買おうと思っていたのだが急に雨が降り出してしまっていて諦めた。

本を読む予定だったが頭も重いのでさっさと寝る。

批評の批評
図書館で本を返す。また借りてしまった。
いいかげん家の積読本を消化しないといつ読むの? ってことになってしまう。

一昨日の修正は効いたらしい。ピークの位置がだいぶ大きくなった。
ただガサガサと振動しているのが気になる。千に切ったはずが百にしか切れていなかったのが原因か。
波数に関してはどの程度切ればいいのか試行錯誤の状態。切りすぎると計算時間がかかってしまう。
ボルツマン方程式のあたりをちょろっとやり直して早々に帰宅。

筒井康隆「文学部唯野教授」を読み終えた。
文学部の教授にして覆面作家もやっている唯野教授の大学での権力闘争と文学批評論の講義。
教授とかそういう世界にも権力のランクがあってそれに執着する人がいる、というのは意外。
これが書かれたのは二十年前なので今とはまた違うのでしょうが。根回しとか大変そうだ。
エイズに関しての扱いも時代を感じさせる。今こんなの書いたらえらい怒られるんだろうな。
文学批評論については講義のスタイル、ということでマジメに九回分の講義が書かれている。
部分的にわかるところもあるが、全体としては何なのかつかめない。現象学、解釈学は意味不明。
受容理論のところの読者が空白を埋めていく、というのは納得。この遊び(余裕)が大事ですよね。
記号論、構造主義のところの要素に分解して解析、というのはいいやり方に聞こえるが
その要素(基底)に何をとるかで全然違うものになってしまうし、要素が好きに増やせそうなんだけど
自分で好きに決めたもので分解してなにか意味があるのでしょうか。よくわかりません。
こういうのも話として聞くぶんには面白そうなんだけど。素人向けの解説書はないかしら。
少しは賢くなったような気になれる。こんな先生の授業が普遍であればよかったのに。

拭く男、縫う女、象牙の塔の痴人たち
面倒くささが勝ってしまったので学校へは行かない。

ブラッドベリ「太陽の黄金の林檎」を読むが途中で挫折。
短めの短編集。訳が小笠原豊樹だったのでいけるかと思ったが文章が読めなくてリタイア。
「鉢の底の果物」や「ぬいとり」は面白かったのですが、文章がどうにもあわない。読みづらい。
いったいこの感覚というのはドコから発生しているのか。「火星年代記」も無理かなぁ……

今日もバイト。
手書きのメモを持ってきて「ZEITEN」という雑誌が欲しいと言われたのだが心当たりがなく、目録にもない。
ふとIさんに「ZAITEN」じゃないですか? と言われて探すとそれだった。よくわかったね。
電子辞書の販売もそろそろ。充電池がもらえる、というパックもあるのだけど
充電池で千回使用可能って多いんだろうか少ないんだろうか。使ったことないのでわからない。
普通の電池なら半年に一回は換えないだろうから、一月に一回としても十分なのか。

筒井康隆「文学部唯野教授」を読み始める。うん、読みやすい。

h=dx/2.0d0
惰性というか慣性というか、学校へ。
結果は全体的に少し値が大きくなってはいたものの、グラフのピークの位置は変わらず。
このピークの位置が一番の問題なのだけどねぇ。っていうかこれは何を変えたんだっけ? 忘れた。
そういえば前々から適当に書いてあった波数の積分部分のコードを確かめる。あれ、係数が違う?
ルンゲクッタと同じなので係数は六分の一でやっていたのだけど、本では三分の一。
慌てて本とネットとでチェック。変化分の文字の置き方による違いなのだが
今のコードではどっちともあっていない……! ということに気付いたところでバイトの時間。

二人で前レジ。
注文の受け間違いがあったらしく大慌て。雑誌の目録には隔月刊とあるのに
実際は毎月出ているらしく、「前の号」というので間違いが発生した模様。
雑誌本体には発行日はあったも発売日は書いていないので確認に手こずる。発売日は必要だよ。
となりで伝票のチェックをやるのは構わんのだけどレジもやってほしいなぁ、と思う。まぁいいけど。
奥に教科書の山が出来ている。もうすぐなのか。慣れてる人は皆卒業。頑張れ若人たちよ。

わかりかけているので学校へ戻りチェック。
どうやらゼミのときの減衰振動の計算のときから係数を間違っていて、それをノーチェックで流用していたため
今回も間違っていたらしい。厳密解がわかっているものならいざ知らず、なんとなく納得できるような
解が出るためにゼミのときにも気がつかなかった。ここを直せば万事解決、なのだろうか。
ただ変化の幅が大きくなったことに対応するので、今まで以上に刻み幅を小さくしないと最後まで行かない。
そこと最後の積分も直して、一日二日で済みそうな計算を開始して、期待を胸に帰宅。

遊びの時間
学校へ行く。
計算は途中で勝手に計算機との接続が切れていて答えまでたどり着いていなかった。
条件がよくわからないのだが一定時間何もないと切れるようになっているらしい。
仕方がないので計算がある程度終わるごとにサインを表示させるようにして再び開始。
教科書の元素の量の割合とかその辺をやるがよくわからず。

ゴールディングの蜘蛛……じゃなくて、「蝿の王」を読み終えた。Lord of the Flies。
飛行機が無人島に不時着、生き残った十数人の子供たちが初めは仲良くやっていたけど
そのうち規律を求めるものと自由を求めるものの二つの派閥にわかれて喧嘩を始めてしまうという話。
シチュエーション的に「漂流教室」っぽいのかと思っていたが全く違った。
生きるか死ぬかの極限状態だった「漂流教室」と比べれば彼らの島は食べ物も水もあるし、実に平穏。
一般にこの物語は「人間の根源的な悪を描く」みたいな言い方をされているようなのだけど、そうは感じず。
どうしても「遊び半分」に感じる。「冒険ごっこ」「豚狩りごっこ」「派閥ごっこ」。切迫した雰囲気ではない。
後半、豚狩りにのめりこんだ少年達が暴走して死者が出てしまうのは狂気じみてはいるものの
明確な殺意、悪意というよりもふざけていたらつい勢いで、みたいな感じ。
豚狩りだって彼らにとっては食べ物を得る手段とゲーム性が一緒になっているから楽しいだけじゃないのか。
規律を求める主人公から見れば割り当てられた仕事をせずに狩りに夢中の連中は悪かも知れないが
彼らは遊びたいだけであって、そこはむしろ主人公とピギーが島の生活に適応できていないように見えた。
二つの派閥のうち主人公は正しい道を選び、ジャックたちは悪に堕ちた、というのは言い過ぎで
ただ考え方が違うだけ。そもそも善悪というのは上下を決めてしまうものだけど
この物語では違うものが並列にならんでいると言ったほうが正確なのではないかと。
人間は悪を秘めてるんだよ、というよりはキミらの善悪なんてものさしはナンセンスだぜ、という
「薄っぺらな秩序の敗北」というのを一番強く感じた。

と、こんな感じでどうしても「漂流教室」と比べてしまうのですねぇ。あと、訳文は読みやすく
主人公が自分はリーダーに向いてないんじゃないかと悩むところや“蝿の王”との対話は面白かった。
ところで、この話は「近未来の戦争中、疎開しようとしていた飛行機が……」という設定らしいのだけど
本編中にはそれらしい記述は見あたらなった。裏設定?

鉄と科学の夢
チャイムの音で目を覚ます。五分も鳴らし続けるのは勘弁してください。

昨晩というか今朝方やっていた「スチームボーイ」を観る。
舞台は蒸気機関の発達著しい19世紀のイギリス。万国博覧会が開かれようとしている中で
超高圧力高密度の蒸気を封じたスチームボールとその利用を巡って親子三代が揉めに揉める、という話。
「科学は真理の探求と夢に奉仕すべきなのか、実用的に使われていくべきなのか」というテーマもあるけど
一番やりたかったのは鋼鉄のピストンと歯車が蒸気で動き、機械が大暴れするあたりだと思う。
スチーム城そのものはただの塊っぽくてあんまり好きなデザインではないのだけど
制御室のレンズがぐるぐる廻って好きな場所が見られる機械は非常にかっこよかった。
屋内のシーンは暗いものが多く、反射しやすいテレビでは観づらかった。残念。
声はやや生硬な感じの人が多い。じいさんの声がよくない。ヒロイン(?)の声はよかったけど
そのキャラクターの特異性からか、出番が少なく存在意義が問われるところ。
二時間のうち後半一時間は城が暴れることになってしまうのでちょっと飽きてしまったのだけど
ラストの空を飛ぶシーンだけで観てよかったと思えた。あれはいい。ヒロインはあのシーンのためにあった。
全体がボーイ・ミーツ・ガールならもっと良いシーンになっていたと思うのだけど、これは個人的な趣味。
最後の「科学はまだ始まったばかりなんだ」というセリフのバックが青く澄み透る空ではなくて
巨大な黒い雲ってあたりが意味深。エンディングも決して未来が明るいだけではないと仄めかしている。

妹君に頼んで借りてきてもらった円城塔「Boy’s Surface」を読むがわけがわからない。
短編四本で未読の「Goldberg Invariant」「Gernsback Intersection」を読む。
「Goldberg」は論理体系と論理体系の戦いみたいな話、なのか?
神林長平的な“言葉によって規定されるべき現実”の話のあたりはわからんでもないが
大筋としてどういう話なのかつかめない。GRAPEっていうのが出てくるので気になっていたら
本当にあのGRAPEだった。へぇ、あれってやや広い範囲で有名だったのか。
「Gernsback」のほうは特異点の群れとの想像力を使った戦いらしきもの。
このテキストが人間によって書かれたということに感心する。電波っぽい文章というのは昔からあるが
あぁいう支離滅裂なものではなく、どっか別の世界の理屈が通っているような文章。
これらと比べると表題作が普通の小説に見えてくるから不思議。これを読める人間っているのだろうか……

99.9%の有罪
家を探しに東北へ。
新幹線に乗っていくわけだが、長めのエスカレーターに乗ってホームへ上がる途中で
せわしないアナウンスと機械の唸るような音が聞こえてきて、上りきってパッと視界が開けると
大きな機体(って言うんだろうか?)が存在感をもって両脇にある。
何かの基地のようで、近未来的というかSF的というか。いいねぇ。

何件か不動産屋を廻って、あらかじめ調べておいた物件を見せてもらう。
駅から近いというのが必要条件なので半自動的に決まる。実感はないが、ここに住むのかぁ。
不動産屋のひとが耳にペンを挟んでいて、こういう人も実在するのか! と知ったのが一番の収穫か。

「それでもボクはやってない」を観る。
満員電車に乗っていて痴漢と間違えられた主人公がどうなっていくのか、という話。
話せばわかってもらえるだろうという甘い考えはすぐに通用しないことがわかる。理不尽な拘留と
一方的に決め付けてくる取調べ。無実を証明しなければならないという圧倒的に不利な裁判。
拘置所の描写(紐でのつなぎかたとか)や裁判の様子は入念に調べてあるらしく、リアリティがある。
あくまで冤罪の人がどうされていくのかというのを明らかにするのがテーマで
母親や周りの人との安っぽいドラマにしなかったのはとてもいいことだと思う。
もちろん、現実の取調べや裁判のすべてがここまで酷いというわけではないのだろうし
この映画の場合は「主人公は冤罪」、という立場からしか見ていないので一方的すぎる気もするが
こういう事例が過去に実在し、今も残っているというのが問題ということなのであろう。
裁判は検察は“自分達に”不利な証拠は出さないし結局は裁判官の心証が効いてくるしでなんだかなぁ。
取調べの様子は全部ビデオに録っておくぐらいのことは必要なのでしょう。
「合理的疑いを超える」ことが有罪とする条件のはずなのに、そこも曖昧。
途中に出てくる「被告がやっていないならば、被害者の少女が嘘をついていることになる」っていうのは
非論理的な推論だし、セットを使っての実験のビデオはなかったことのように扱われるしで
まっとうな意味での論理なんてありはしない。そういうのにもっとも厳しくあるべきなのに。
そのうち、裁判員制度で一般の法律を知らないひとも参加して判決を下すようになるわけですが
はたしてどれだけの人が感情ではなく論理で判断を下せるのでしょうか。大丈夫?



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