プロフィール

Nobody

Author:Nobody
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

不思議の国の日記
"I see nobody on the road." 彼女には彼が見えるのです
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

public convenience
メール処理のために学校へ行くが終わってた。ちゃんと連絡とってねぇ。
これはあれか、転送の設定をすれば家でも処理できるのかな。今度試そう。
図書館にて関数の本を探すが読めるレベルのものがない。複素領域で考えないとだめらしい。
やる気がでないのでさっさと帰る。
バス停で待っていると見慣れぬちょっとオシャレなバスが来た。えっ? と混乱したが
運転手がじっとこちらを見ているので圧力に負けて乗る。お金は後払いなの?
どうやら土日に観光用として廻ってるバスらしい。停留所が同じ場所にあるのは知っていたが
こんなバスだとは知らなかった。木製の椅子でテーマパークの園内バスに似てる。
どこへ行くんだろうと思っていたが終点が駅だったので大丈夫だった。普段のバスより三十円高かった。

佐藤哲也「妻の帝国」を読み終えた。
「民衆」という意識に目覚めたものたちが「民衆独裁国家」をつくるべく行動を開始する。
そしてその頂点に立つ「最高指導者」は“わたし”の妻であり、手紙で各地に指令を出している、という話。
初めの学校の授業中のシーンがめちゃくちゃ面白い。ぐいぐい惹かれる。
民衆は民衆の意思に基づいて行動する。それは良き民衆であれば「自然と」理解できる一般意思である。
覚醒すれば直観的に「わかる」。だから手紙に宛名は必要ないし、ドアはノックの音を聞けばよい。
これは真面目に書かれたギャグなのだろうと思って読んでいたら途中からは戦争モノのようになってた。
「直観的理解」を基盤にしているが故に「わかってもらう」努力をしない。だから統治がうまくいかない。
同じ理念のもとに動く「民衆」といえど全員が全員同じことを考えるわけではない。
そこらへんは「わかる」と思うんだけど、戦争(というか戦後の混乱期みたいな)描写が延々続くのはちょっと。
最後のほうの展開はついていけず。あの男はなんだったんだろう。

最近本を読むと「これはこういう話だ」と勝手にまとめてしまっていることに気づく。
全体を通しての「テーマ」が明確なものであればそれもありかなと思うのだが
実はそんなものない本が多いんじゃないか。一言でまとめられるなら初めからそうするわ! というやつ。
そう考えると勝手にまとめてしまうのは失礼な話ではあるのだが、そうでもしないと自分のなかで整理できん。
無理に収束させずに全体を把握する。難しそうだ。

スポンサーサイト
有限時間内における成長曲線の傾きについて
区切りのいいところまで読むだけ読んで、面倒そうな計算をひとつひとつ潰していく。
特殊関数の極限はわからん。これは後日また物数の教科書を探せばよい。
いくつかのモデルでの値が示されてはいるのだがこれって自力で計算できるものなの?

おんなじようなことをやっているから、ということで他所のゼミに参加。
今日やった部分はかろうじで輪郭くらいは見える話だった。NってそのNだったのですか。
こっちのゼミではひとつ読み終わって新しいのを読み始めたところらしい。あー、やっぱり遅いのか。
君らも秋くらいにはちゃんとやること決めないとねぇ、と言われる。時間は有限だ。
しかしこの「研究」というのは何か始めようとしたらそれの勉強が必要なわけでよくやるよなぁと思う。
D2の人も同じ場にいたのだけど当然知識量が違う。違いすぎ。何でそんなに色々知ってるの。
たとえば高校に入学した当初は関数のf(x)という表記が意味不明だったわけだし
二次関数の平方完成ですら大変だった時期は確かに存在していた。四年の差は当然なのか?
時間が解決してくれる類のものなら楽なのだが。

途中参加の論文紹介はD1のひと。ちゃんと研究者然とした感じがするのは気のせいではない。
世界は広い。今までは何も見ていなかったのだとわかる。見る気がなかったことも。そして広すぎて見えん。

車輪
別のテキストを参考にスペクトルの計算。
場の初歩のあたりも載っているのでわかりやすい。必要になればいつでも戻れる。
ステップとしてはラグランジアンの定義から共役運動量と交換関係を設定して
展開すれば自然と係数が生成消滅子になるので真空を定義してあとフーリエ空間で挟む、でOK?
方程式とラグランジアンとどちらが先にあるものなのかがわからないが、今は方程式ありき。
展開の仕方が曲者でkベクトルの符号反転に関しての性質とか時間関数の複素共役との関係が不明。
ここらへんの流れがわかるのは微速前進ではあるがテキストを読むのには直結しないのが悲しい。

ふと我にかえると自分はいったい何をしとるのかと思う。
何をしているのか、何がしたいのか、何ができるのか。下手すると何で生きてるんだという所までいってしまう。
これは危機であるはずなのだが無感動にそんなことを考えているのだからよくわからない。
「自分の人生の平凡さ、退屈さを嘆く」というのはもはやそれ自体が平凡である証拠となるわけで
そういうときはまっとうな人間に「じゃあお前はその状況を打破するために努力をしたのか」と
指摘されるものと相場は決まっている。その問いに答えられないことも決まっている。全部決まっている。
さて、どうしたものか。

行軍
午前は特殊関数の本を探しに図書館へ。
級数和として考えていくのは合流型超幾何関数とかと同じなんですね。もう具体的な形は憶えてないけど。
あんまり数学的になるとついていけないし、数学的にならないと独立かどうかとかがわからないしで
やや中途半端な説明でその章は終わっていた。数学的なほうも必要なのかなぁ。

ということで膨張ゼミは一般解の説明のあたりまで。
暗に「読むの遅くない?」なことを言われた。計算、というか式変形がとにかく時間喰うのです。
しかしもう一か月以上たつというのに13ページまでしか読んでないってのは確かに遅いかも。
この先は輪読のほうも計算が増えるのでまともにやろうとするとさらに遅くなるかも。どうしよう。
やるべきことは山のようにあり、手を引いて導いてくれるような人はいない。
歩くか走るかは自分で決める必要がある。

来週は輪読がないということで膨張の続きをやっているとメール。
しまった。今日の素粒子に出るの忘れた。出なかった、ではなくて講義の存在を忘れていた。
来週はきちんと出よう。とにかく単位は必要だ。

人気メニュー
ゼミのテキストを読む。
計算がめちゃめちゃじゃないですか。これフォローするの? また一週間かかっちゃうよ。
こういう無理やりな式変形ってどうしても好きになれん。たしかにキレイにまとめてはいるんだけどさぁ。

輪読。眠い。
素粒子の話はわかんないよね。自分の担当分も読んでて意味がわからなかった。
熱史については曖昧。化学ポテンシャルって何なのかが学部三年のときからわからない。
某方程式については何も言われなかったのでやらない。皆が忘れてくれますように。
来週からしばらく人数が減るので回数が増えそう。計算量も多そうだし……

SFマガジンより円城塔「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」を読む。
直訳すると「銀河帝国衰亡史」ってとこか。っていうかなんですかこれは。感想も何も。
担当の編集さん(?)によるとピンクの表題作は順序を考えて読むと違ってみえるらしい。今度試そう。
しかし今回のについてノーコメントなのはやっぱりどうとも言いようがないからなのか。
伊藤計劃「From the Nothing,With Love」も読む。
「写本の写本の写本の写本」を自称する男の話。何故「写本」なのか。一体何者なのか。
ネタそのものは山本弘の某短編と同じ。そんなことより、これってあの映画の設定なの?
映画の小ネタがいろいろ仕掛けてあるらしいのだけどわかんない。映画も観たほうがいいのかね。

時間順序
場の講義。
多少なりとも復習したのが効いたのか、ほんのり部分的にわかるかも。
なにより寝なかった。これ重要。イメージはまだまだつかめませんがどうにかなるかもしれん。
この授業の先生は「うん、オッケー」としょっちゅう言っていて面白い。スタンスとしても好きね。
ただ「これは簡単で」って言われて簡単でないときはどうすればいいのでしょうか。

午後も場をやる。
計算があわねーと思っていたところは単にフーリエの係数の定義の仕方だった。なんやねん。
式があれば計算はなんとかなるのだがそれのもつ意味がわからない。
そもそも話の順序があいまい。まず何が与えられて、何を設定して、何が出てくるのか。
量力のときの意識のままではだめっぽい。ある程度までやったらもう一度教科書をはじめから読みなおそう。

殺戮言語永久器官
リベンジにてCOCO「今日の早川さん」発見。ライトエッセイっていう棚に置いてあった。
今までブックカバーも栞も使ったことないしこの先も使わないだろうという確信がありながら
そのふたつのオマケのついた限定版を買ってしまった。意外と高かった。まぁいいか。
図書館にて「星新一」があったので借りる。予約していた本も来た。よし。

伊藤計劃「虐殺器官」を読む。Project Itoh。「このSFが読みたい!」で堂々一位。
9・11以降の世界。徹底した個人情報管理によって激減したテロ。かわりに激化する後進国での内戦。
アメリカの特殊部隊に身を置く主人公は内戦を抑えるための要人暗殺をもする戦闘のプロ。
そして数年前からつねに暗殺リストに入っているジョン・ポールという男。この男がいるところに内戦は起きる。
いったいジョン・ポールとは何者なのか、どういった“ちから”で彼は戦争状態をつくりだすのか。
評判のいい本なのだけどピンとこなかった。黄色い本のほうが好きね。
近未来描写が細かい。敵地に潜入するときのポッドが人工筋肉で覆われてたり
コンタクトに必要なデータを映し出したり壁にタッチするだけでモニタが出たり。
技術の発達による「戦場ですら実感のない戦争」っていうのは新しいかも。わかるけど、何も感じない。
潜入のあたりがメタルギアを思い出すなぁと思っていたらファンらしい。あ、そのままなのか。
ペダンティックっていうほどではないが「~のようだ」っていうのが何のことやらわからないものも多かった。
そこらへんは不勉強がいけないんだけど。主人公がそういう人物なのか、作者がそういう人物なのか。
コアとなる「虐殺の器官」については象力やメデューサ、神林世界のと似ているがやや違う。
「どうしてそういうものがあるのか」が重要視されている。あんまり納得できる理由じゃないけど。
メタルギアファンだというのを知ってしまうと「遺伝子」「ミーム」のあたりは
借り物でしかなかったのかなぁと思えてきてしまう。そういう「進化の結果」とかいうのを
理由にして個人のレベルにおいての物事を納得してしまうのは好きではない。
エセ科学に近いものを感じる。科学的なことを言っているようで、解釈のしかたが間違っている。
終盤のジョン・ポールとの対峙のシーンはいろいろと浮いてしまっているような。
直前までがシビアな世界の話だったのに、いざとなるとフィクション的に二人して語りに入ってしまう。
終わり方もかなり甘いのではないか。いきなり角がとれて丸まってしまった感じ。
そういえば主人公が何故かアメリカ人に思えなかった。どうしても日本人としてイメージされてしまう。
一人称が「ぼく」のあたりが原因だろうか。「僕」ではなく「ぼく」。アメリカの軍人って感じではないな。
ワカラナイケド好キニナル
本屋にて「早川さん」を探すが見当たらず。広すぎてどこになにがあるのかわかんねぇ。
「SF JAPAN」が出てたので日本SF大賞のあたりを立ち読み。
大賞は「星新一 1001話をつくった人」というノンフィクション。今度読みます。
エントリーしてた中で読んでたのは「ラギッド・ガール」と「Self-Refference Enjine」だけ。
選評もその二作のものだけ読む。萩尾望都がどっちも読めてないっぽくて悲しい。
他の選考委員も困惑を隠せない黄色い本はいいとしても、ざらざらは設定気にしなくても面白いのに。
っていうかわかんなくても評価はしちゃだめなのか。よくわかんないけどいいものはいいと誰か言ってくれ。
あとシリーズもの(しかも二巻目という中途半端さ)は「単体での評価が難しい」と
言われるに決まってるんだから候補作に入れるなよと思う。やるなら完結してからで。
とかいってるといつまで待てばいいんじゃという話になりかねないのが恐ろしいところ。

学校へ行き、図書館にて場の教科書を探す。
当たり前だが本によって話の展開のしかたが違う。量力との流れから始めた講義はいいほうだと知った。
やっぱり寝てしまったりしながらも教科書をとりあえず写したりとそれっぽいことはしてみる。
計算ができなかったところは時間に関してのあたりで、もしやこれは青本でわからなかったのを
放置していたあたりと同じ話なのではないかと気がついたところでバスの時間になったので帰宅。

家で学校のメールが読めないのはしかたがないのだろうか。転送設定すればいいのか?

フィールドワーク
昨日の仕事が残っていたのでそれだけやってから場のテキストを読む。
全部展開して書いたら消えた。あ、それだけ?
「交換関係をもって量子化とする」っていうのがカッコいいけど意味がわからない。
ちびちびと計算を確かめながら進むがどうしても係数が合わないところで詰まる。
フーリエもデルタ関数も曖昧なままだしそこらへんは人によって係数の定義が違ったりで
どうすればいいのかわからん。テキストにはほとんど計算過程を書いてないのがな。
ここらへんがわからないことには先に進まないのでなんとかしなければ。


高貴なる白
教科書を読む。
一度眠気の大きな波を越えたらそのあとはわりかしサッパリした気がする。
最近全体的に頭がぼやけてしまっているのでこんな感覚久しぶりだ。
ということで一気に読む。式がないのは楽なのだが話がややこしいうえに長い。
WIMPの検出をやろうとしてるグループに“EDELWEISS”っていうのがあって笑った。すげぇ名前。
いちおう頭文字にはなってるらしい。相当頑張ったにちがいない。お疲れ様です。

自分の範囲は無事に終わったので場を少々。
交換しても消えない項はどうすればいいのか。ノートちゃんととっておけばよかったと後悔。
図書館でまともな教科書を借りたほうがいいかもしれん。

ハイパーサーフィス
素粒子に出る。
小テストはまぁまぁ。時間が短くないか? あの時間で全部できるの?
話は肝心なところで寝てしまったのでプリントを読んでおかないと来週の小テストが危険。

膨張ゼミ。
今回は読むだけ。言葉の意味がわからない。何でもかんでも文字を定義すればいいってもんじゃねぇぞ。
やっと本題というか重要なところ(の一歩前)に届きそうなんだがそのためには場の勉強が必要だ。

ということで場をやるつもりだったがどうにもこうにも眠い。
もしかしてなんかの病気? っていうくらい。あんまり眠いもんだからさっさと帰る。だみだこりゃ。
写スンです
大雨である。
図書館の本の返却期限になってしまったのでポストに投げ込んでからバス停へ向かう。
雨なのでいつもより人がかなり多い。早めに家を出ておいて正解だった。

大学の図書館にてQFTを読む。
借りるのも面倒なのでその場で読むことにした。わからん。だが写すだけ写しておく。
なんか変換の確率をまとめた行列みたいなのがあるのでそいつをかけて遷移確率を計算するらしいんだが
肝心のところで論旨がわからず。体積の逆比例がなぜ密度になって流速の話になるのか。
しかも速度に比例じゃなくて反比例っぽいんだけど。写すだけ写しておく。
図書館ではまったく眠くならなかった。いいかもしれない。イスが違うのかな。
パソコンがないけど代わりに本はいつでも好きなのを参照できる。こっちで勉強したほうがいいかも。

昼過ぎには雨があがって青空すら見える。あそこに見えるものは何ですか?
午後は輪読。むちゃくちゃ長引いた。五時間以上やってたことになる。
時間の都合でやってきたぶんは来週。しかもまた担当分あるし……。

ちょびっと場のテキストを読んでから帰宅。

過去に生成され未来で消滅するもの
場の理論。おきてられた。
しかし前回までの内容を把握していないのでさっぱりわからない。
生成と消滅を管理するのがΦってことなのか? ちゃんと復習しないと膨張ゼミにも響きそう。

午後は図書館にてQTFを借りたが英語版と日本語版で巻数の分け方が違うのですね。
散乱断面積についてはバリバリ場の表記で計算してあったので諦める。電磁気でも同じ結果は出るし。
相対速度にも比例とかいうのは日本語版での一巻を読まなければ。
その後教科書をちょっと読む。
エントロピーっていったい何なのさ? 変化の割合? 意味が把握できないまま計算だけする。
元素合成がどうこうというのは青本でちょっと読んでたのでついていけそう。
しかし話の流れを図でまとめたりしてくれるとわかりやすいんだがそこまでサービスはよくなかった。

天気が崩れる。

信じられるものは、きみ
チャイムの音で目を覚ます。注文していた教科書が届いた。一万もするんだから有効活用しなければ。

「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」を観た。
監督は押井守。「うる星やつら」なんて小学生のときの夏休みに朝十時半くらいから再放送していたやつを
何回か見ただけ。だからキャラクターはあたるとラムしかわからなかったが十分すぎるほど楽しめた。
学園祭の前日準備中に先生だけが気がついてしまった違和感。
もう何日も、もしかしたらもっと長い間「学園祭前日」を繰り返しているのではないか?
そして行動を起こしたことがきっかけであたるとラムと数人の友達だけの楽しい楽しい世界になっていく。
夢と現実の違いは何か? そもそも違いなんてあるのか? 楽しい夢ならずっと続いてもいいのではないか?
前半の微妙な違和感を感じるあたりの雰囲気がすごく良い。誰もいない街を練り歩くチンドン屋。風鈴。
この怖さはどこかで、と思ったらドラえもんの「パラレル西遊記」に似てるんだ。あれも怖かった。
おかしくなった学校内をラムが飛び回るところもいい感じに酔える。センスいいなぁ。
準備中の学校の雰囲気はディスコミっぽいし。ごちゃごちゃしてて好き。お話としては
「夢と現実」以上に「楽しい時間が繰り返される」ことへの自己言及がかなりツボ。それをやってしまうのか。
だいたい何故「うる星やつら」なのか、という問題があるわけだ。原作とは雰囲気違うわけだし
はじめからオリジナルの世界、キャラクターでやればいいじゃないかというのはある。
実際同じ脚本でキャラクターを入れ替えれば「夢と現実」については同じ意味合いを持つのだけど
「楽しい時間が繰り返されている」というあたりの味はでないはず。歴史というか重みが違う。
ドラえもんでもサザエさんでも廻りこそすれ時間の進まない世界というのは数多くあって
中でも「うる星やつら」はとにかく楽しむためだけにぐるぐる廻り続ける世界なわけだけど
その中で「ここでは楽しい時間だけがループしてるんじゃないか?」とキャラクターが気が付いてしまう。
もうこの構造がたまらない。下手したらそれまでの話もなにも全てが意味を消失しかねない。
しかし核心をつかれてもそれを茶化し、笑い飛ばしてもとのループに回帰できるフレームっていうのは
「うる星やつら」くいしかないんじゃないか。ドラえもんも何でもありっぽいけどそういう揺らぎには弱そう。
そんなことも考えると物凄いモノに観えてきて面白かった。これはいい。評判良いのもうなずける。
本編とは関係ないけどラムが飛ぶときのピピピ……って音はセンスがいいね。
そういえばドラえもんの足音をつけた人もすごいと思う。何をイメージしてつけた音なんだろう。

有川浩「「塩の街」を読む。
世界各地に落ちてきた巨大な塩の結晶。それと同時に人間の体が塩になって砕け散ってしまうという奇病が
発生した街で静かに暮らしていた男と少女の恋が世界を救うというセカイ系なお話。デビュー作。
デビュー作だからってわけではないだろうけど二作目の「空の中」とか他のと比べるとだいぶ落ちる気が。
何故だ。イラストのせいか? キャラクター造形も“いかにも”な感じだし。いかんともしがたい。
この手の話に多い「置いて行かれる男の子」ではなくて「男の帰還を待つ女の子」なのはよいと思う。
「僕たちを引き合わせるために世界がおかしくなったんじゃないか」という考え方も面白い。
しかし大きな意味でのセカイ(とか何とかいってせいぜい地球程度だけど。地球だけが世界ではないぞ)と
「ぼくときみ」の小さな世界が対等に扱われるようになったのはいつからなのか。気になる。
「きみがいなくなるくらいなら、世界などどうなってもいい」というのも一つの見方ではあるけれど
皆が皆そう言い始めたのはあまりよくないと思う。ちょっと偏りすぎ。っていうか本気で言ってるの?
「身近な人間も守れずに世界なんか救えるか!」ってなセリフ(「塩の街」には出てきません)なんかも
流行っているけどそういうポーズが流行っているだけで本気で言っているキャラクターはいないような。
なんとなく、そう言っておくのがカッコいいよねってだけで使われてる気がしてヤな感じ。
「塩の街」に関しては二人の恋の「延長線上」に世界を救うんだよね、というのであって
セカイよりもきみを、というのとは少し違う。「空の中」は反セカイ系な色をしてるし、まぁいいのかな。

「機動警察パトレイバー2 the Movie」も観た。
ベイブリッジに撃ち込まれた一発のミサイルから始まる静かな「戦争」。
難しかった。自衛隊と警察の関係とかもよくわからなかったしなぁ。
データの上だけでの侵略や「やろうと思えばいつでもやれる」ということを誇示するようなところは
面白いんだけど「よくある話」に感じてしまった。これが原初のオリジナルってことなのか。
個人が知りうることだけで動いてしまって誰も全体像を把握できていないというのは空恐ろしい。
話そのものよりも車のなかでの状況説明(陰になったり明るくなったりするところ)とか
執拗に出てくる鳥のイメージが印象に残った。「攻殻」みたいな白っぽい画面は怖いっす。
最後に柘植がいう「あの街は幻だ」みたいなセリフは
平和や安全どころか「社会」や「国家」すら実態なんてないんじゃないの? と言っているかのよう。
「鳥」も見えてはいるんだけど実態があるんだかないんだかわからないものの象徴ともとれる。
ただなぁ……「ビューティフル・ドリーマー」を観た直後だと地味かもしれん。
どうでもいいことだけどこの映画が作られたのが93年。物語中の設定は03年なのだけど
車の窓を閉めるのにキコキコとレバーみたいなのを回すシーンがあって笑った。予測できなかったのか?

春眠あかつきを……
床屋に行く。1000円カットというやつ。
イスの上げ下げが電動ではなくて足でキコキコやってたのが面白かった。
本屋にて清原なつの「花図鑑」と「花岡ちゃんの夏休み」を買ってから学校へ。

二時半ごろついて二時間くらいは寝てた。来た意味ないね。
とりあえず早く寝るというところから始めるべきか。勉強以前の問題な気がする。

清原なつの二冊を読む。
「花岡ちゃん」はその名の通り花岡ちゃんという変わった女の子の話で面白いんだけど短い。
頭がいい女の子って少女マンガじゃなくてもなかなかいない。きらきらと知性が煌めく女の子。
変わった妄想のシーンがいいね。そうか、ふれるとすぐにこわれてしまうのか。
その他の話がいたって普通の少女マンガでちと悲しい。画はまんま萩尾望都だし。
なので「花図鑑」のほうが好み。「菜の花電車」と「桜守姫秘聞」がすごい。二巻目もほしい。

リベンジ・オブ・レビュー
健康診断というものがあったので行ってみる。
そういえば千葉では一度も受けなかった。ジャンチキも結局食べなかった。関係ないけど。
流れ作業のようにして身長体重と血圧、最後にレントゲン。レントゲンがものすごく適当だった。
これで健康がどうとかいうのは間違ってる気がするぞ。

電磁気の復讐。復習? どっちでもいいな。
はじめはがりがり計算するつもりだったが相対論的にやる方法のほうが楽かなーと思ってそっちでやったら
自分が何をしているのかよくわからなくなった。まず学部のときのノートがぐちゃぐちゃで読めん。
答えはテキストと同じなので一度設定を見直せばいいはず。一般LTって便利かも。
ここでもやはり立ちはだかるのは言語の壁。どうしようもない。
学部のときにちゃんとやっておくべきだった。今更後悔。院試の勉強なんかよりも
数学の勉強をしておくほうが絶対後々役にたつはず。少なくとも両方やるべきですね。
特に四年のときが卒研以外は放置だったのでぼけーっとしてたのが敗因。
物理のことは教科書読めばわかるんだから教科書読めるように数学に力を入れるべきだよなぁ。
っていうのは数学だって教科書よめばいいじゃないって言われてしまうんだろうな。むぅ。
あと英語っていうのもやっかいで英語で読んだものは頭に入らない。
一文一文を読むのに手一杯になってしまって全体の論旨が見えん。くまった。
これは繰り返しよむことでどうにかなりそう。でも表意的な表記法ではないので
ざっと見て必要な情報をよりわけるってのが難しいような。漢字使えよ漢字。

えにぐま
ゼミの残りを片付ける。
平均とか二乗平均とかの意味合いがよくわからないがまぁよかろう。
断面積については電磁気の本を読めばよい。何度やってもよくわからない散乱。

初めてこちらの図書館へ行く。入るときに学生証がいるのは同じ。
本棚が大きくて圧迫感がある。勉強用の机が窓際に寄せられているのもあって狭く感じる。
輪読の人の前の本と物数の本を借りる。自動ではなかった。あと出る時にも学生証が必要なのは何故。

物数のを見ながら輪読のを読む。
全然関係ないところで場の表記の意味を発見。これでテキストが読めるようになる、かも。
とにもかくにも数学力が足りない。足りなすぎ。全ては、というのは言いすぎにしても
この数学言語的な能力の欠如が悲劇の八割以上を招いている。悲しみは虚数のかなたに。
物数の教科書って簡単なやつの次がいきなり難しくなってしまうので非常に不便。
もう証明とかそんなのはよいのですよ。とにかく実用的で何をしてるのかイメージできるやつが欲しい。
ステップバイステップでやっていくしかないだけにやりきれない。

シアー・ハート・ブレイク
膨張ゼミ。
ベクトルとテンソルの話をして終わり。時間方向には進んではいるけれど、前には進んでいない。
今後の部分は読めるのか。ある程度システマティックっていうか体系だててやりたいんだけどなぁ。
いまいちお勉強の仕方というのがわからない。

ゼミの残りをやるがこれまたよくわからず。何のことならよくわかるのか?
式の意味もね、といわれたがこれってただの「計算結果」がそれっぽいカタチに見えるだけでは。
これは扉に手をかける前に力尽きそうな予感。

停止した時のなかで
急に寒くなった。五月なのに息が白いってどういうことやねん。

輪読。
今週分は無事終わる、と見せかけて補足をやることに。
えー、来週もやるのかよ。その次だってあるんだぜぃ? 
あとコピーの束を持ち運びするのが非常に面倒なのだが買うのも負けたみたいでイヤだ。

テンソルパート。
なんとか終わった。来週からは次のステップへ行けるはず。

しかし歩いている実感がもてん。私はどこにいて何をしているのか? 

初期不良
場の講義に出るが寝てしまった。
予習してから聞かないと。が、そもそもテキストのプリントアウトすらしていないという……

ベクトルのゆらぎについてあれこれ。
どうやら両方とも上付きにしたときの符号を間違えていたらしく、そこだけ直せばあとはストレートだった。
この時間の無駄っぷりはなんだ。効率が悪すぎる。
輪読のを読むが寝てしまう。何かが仕込まれているのではと疑いたくなるほどの眠気。
睡眠を支配したときに人類の歴史は加速を始めると思う。

時間配分がわからない。何にどれだけ時間を使えばいいのか。

幸せと不幸の先に
買い物がてらブックオフへ。コミックを数冊。

清原なつの「花図鑑」を読む。一風変わった少女マンガ。
「荒野」はディスコミというよりもむしろこっちだな。あくまで女性の視点からだ。
女子高の共学化で学校を「聖域」にしたい先生と解放を望む学生の話とか
幼馴染との夢のない再会とかなのだけど、なんか視点がクールだ。一歩引いてそういう人を描いてる。
同棲中のカップルのところに自称オカマの美青年が転がり込んでくる「ばら色の人生」は
スゴイものを読んでしまったというか、見てはいけないものを見てしまったというか。凄い。
どこかで見たような画だなと思って記憶を絞り出すと最初期の青山剛昌の画に似てるんだ。
「ちょっとまってて」とか「夏のサンタクロース」のあたり。あごのとがり具合が似てる。どうでもいいけど。
清原なつのは文庫でいろいろ復刊してるらしい。これは買ってみようかな。

業田良家「自虐の詩」も読む。四コマなのか。知らなかった。
前半はすぐに机をひっくりかえすし働かないしのダメ男と彼にくっついている健気な女の話で
後半は女の小学生、中学生時代の回想を通じてストーリー漫画のようなエンディング。
上下セットで買ってよかった。上だけだったら下は買ってなかった可能性が高い。
主役二人だけではなくて女のお父さんとか隣のおばちゃんとかパート先のラーメン屋の親父とか
出てくる人たちは誰一人として理想像的な人物ではないしダメ人間率が高いのだけど
読んでいくうちに、なんかそれはそれでいいのかな、と思えてくるんだから不思議。親父はホントダメだけど。
ひょろひょろした画と基本的にギャグでいくというので、多少クサい展開になっても鼻につかない。
特に回想に出てくる熊本さんは強烈。明らかに狙ってつくられているはずなのに
それがどうしたといわんばかりの存在感。タフだ。「尊厳」とかそういう言葉を思い出させるような人。
巷では「泣ける」とか言われてるらしいんだが、そんな消費のしかたではいかんと思う。

その時を待つ
アメリー・ノートン「午後四時の男」を読む。
定年を迎え、郊外にある小さな家に引っ越してきた仲睦まじい夫婦。
川を挟んだお隣さんは医者らしい。彼は午後四時になるとやってきて、何をするでもなく家に二時間も居座る。
嫌がらせとしか思えない彼の行動は何なのか。そして彼の妻もまた普通ではなくて……という話。
桜庭一樹の読んでた本のなかでまずは読み通せそうなものを、ということで選んだこの一冊。
もともとがいいのか訳者が優れてるのか、大変読みやすかった。薄めだしね。
紹介ではこの奥さんがモンスターかのように書かれてたのでそこらへんを期待していたのだが
“そういう話”ではなかった。むしろ一番まともなんじゃねぇの? ってなくらい。ちょっと残念。
お客が来ても黙り込んでるだけなので必死に哲学談義をするあたりが海外センス。日本じゃありえない。
話が進むにつれて主人公は自分の二面性に気が付いていくのだけど、そんなに裏表がないような。
お隣さんの異常性はちょっと面白かったのだけどあまり派手な展開にならないまま終わってしまった。
もっと変な本を想像していたので普通すぎるなぁと。読んでる間は面白かったんだけど。

やっと部屋のインターネットが開通。なくても平気だったがあると遊んでしまうな。
光回線というやつのはずだが体感速度はADSLと変わらず。困らないけどつまんない。

日本人形は仮想粒子の悪夢を見るか?
量子テレポートのセミナー。
エンタングルと言われても舞浜シャイニングオーシャンパンチくらいしか思い浮かばん。
EPRの話かと思ったけど時代はもっと進んでるみたい。“情報”ってのはやはりピンとこない。
あと観測すると状態が決定されるって考え方はどうにかならんの? それでいいの? 本当に?
式も使いながらの説明だったのだが式はまったくわからず。演算子をかけてどうこうというのと
現実の実験機器の操作ってのが頭のなかで結ばれないわけですが。いったいなんだ?
最後のBHとのエントロピーは単に近似とかの問題なんじゃねぇのと思ったけどわかってないのでなんとも。
話としては面白いんだけど現実味がもてん。とか言ってるようではまだまだ青いのかねぇ。

「パプリカ」を観る。原作既読。
原作好きな人でも楽しめるというのはとても大事。監督自身が筒井康隆ファンらしいのでそこは大丈夫。
人の見ている夢を外部でモニタリングできるばかりか、夢を共有することもできるDCミニという機械。
精神疾患の治療用に開発されたこいつが盗まれ、巨大すぎる夢が徐々に現実を侵食していく。
主人公は研究所の所員、千葉敦子にして夢探偵(この言葉は映画には出てこなかった)パプリカ。
原作では前半が夢探偵として人の夢を解読してトラウマを治すのがメインで、後半が夢の侵食。
映画はトラウマを簡単なものにしつつ、夢の浸食というか夢のシーンを見せるのがメイン。
患者の悪夢のコピーであるパレードはさすがに綺麗。よくもまぁこんなにゴチャゴチャと描いたもんだ。
ただ「おかしさ」が足りない。たしかに変なもの、気持ち悪いものがうじゃうじゃしてるんだけど
解像度が高すぎて「面白いもの」になってしまっているような。もっとこう、危険な雰囲気がほしい。
ビルの屋上からシンクロナイズドスイミングのごとく並んでダイブする人たちは良かった。あれですよ。
手間暇かかったパレードよりもむしろ「妄想代理人」のOPのほうがよっぽど悪夢を感じる。
本来は鍵でもあったはずの性的なイメージが抑えられてたのも残念。
「PERFECT BLUE」(R15指定らしい。知らなかった)はそこまでせんでもっていう位に描いてたのに……
悪夢に呑まれた人たちが支離滅裂なことを言うようになるのもなんかあんまり狂気を感じなかった。
原作ではかなりキてたんですが。同じことばでも音と文字では印象がかくも違うのか。
キャラクターデザインがいいですね。冷静沈着を絵に描いたような千葉敦子と、女の子っぽいパプリカ。
所長ってこんな人だっけとか時田は肥りすぎとか粉川は細い人じゃなかった? とかはありますが。
夢の解読は短いなりにもう少し凝ってほしかった。原作ではあれ好きだったんで。
終わり方があっさりしすぎじゃない? 時田との関係の進展をもって終わりとしてるからいいのかな。
あと三十分長くすればいろいろ入れたり伸ばしたりできたんではないかと思える。もったいない。
音楽は合ってました。エンディングいいね。

劇場型人生
輪読のほうを読む。眠い……
午後は膨張のほうをやるが進まず。なんで? そもそも係数があってないんだけど。

「千年女優」を観る。
長年取材を断っていた大物女優が語る物語。取材するほうも虚構に足を突っ込みながらのインタビュー。
自分の過去を話していたはずなのに映画のシーンになって、日本の歴史の話になってしまう。
現実でも映画のなかでも目指していたのは「鍵の君」。一番大切なものを開ける鍵。
話としては初恋の人を追う女性、というかなりシンプルなもの。ただし、普通ではない。
ころころと場面が変わっていくのが話としても映像的にも非常に面白い。
年老いた今の彼女と昔の溌剌とした彼女は同一人物でありながらも、まったく別の人間である。
この映画のキャッチコピーは「千年かけても逢いたい人がいます」そして「その愛は 狂気にも似ている」
何十年であり、同時に何百年でもある長い時間の中で、彼女が演じたものは何だったのか。
最後の最後になんかスゴイことをぽろっと言ってたんだけどどういうことだ。かなりびっくり。
平沢進の音楽は一発でわかるね。ちょっと主張が強すぎるかも。

鏡のなかのわたし
インフレゼミ。
計算しかしてなかったのであっという間に終わった。
さんざん苦労していたところは実はかなり簡単で
合わなかったのは単に変換の方向が間違っていたかららしい。
試しにやってみるとあら不思議。変数代入するだけで正しい式が出た。
僕はもう疲れちゃったよパトラッシュ……

輪読も範囲が狭かったので問題なし。
ただ予定が変わるならメールで連絡が欲しいというのと
部屋に入ってくるときはノックをしてほしいんだな。ドアに一番近いのでビビる。

輪読は来週分もあるのでそれをやる。
二、三回地震があった。こっちは多いのか?

今敏の映画をまとめて借りた。
「PERFECT BLUE」を観る。初監督作品らしい。
アイドルから女優に転向した主人公。アイドルを諦めきれない自分と
現実の自分、他人によって投影された自分にドラマの役までもが曖昧になって
アイデンティティーの危機に陥る話。かなり怖いストーカーも出てきます。
97年に製作されたもので
中盤の夢とも妄想ともつかないパートは「イノセンス」の
多重ループのシーン以上のぐるぐる感。ちょっと長い気もするけどいい感じに酔えます。
ただオチが……読めますよね。終りかただけこんなに甘くていいのですか?

スイング・スイング・スイング
図書館行ってから学校へ。
変形しても変形してもたどり着かないので次の式をやったら
スムーズにクリアしてしまった。余計にわからなくなってきたぞぃ。
いつになったらこの面倒なだけの世界を抜けるのか。

桜庭一樹「荒野の恋」を読む。
山野内荒野という中学生の少女の初恋と大人っぽさへの目覚めという
たぶん女の子向けのライトノベル。初期の作品かと思って借りたが
05年の本だった。いつから一般向けを書いてるんだっけ?
少女マンガ的なベタベタした感じではなくて
「いったいこの気持ちは何なのか?」というのがディスコミ的でかなり好み。
もちろん女性が書いているので別物なんだけど。
二巻は「天使が朝来る!」を地でいくような展開だし。
ヒーローたる男の子もカッコいい。「遠くに行きたいんだ」なんて
中学生のときはおろかいまだに思ったことがない。大人だ……というか「青年」か。
「砂糖菓子の」「少女には」と違って伏線などはないので
構造というか作者によるコントロールを感じないのもよい。そのほうがいいよ。うん。
三部作で、今のところ三巻がでる目処がたっていないらしい。それは大いに残念だ。

親友と王の密通
ぼけっと目玉焼きを焼いていたらフライ返しが溶けた。どうしよ……

図書館に行く。他に行くところはないのか?借りた石持浅海「セリヌンティウスの船」を読む。
命の危機を共に乗り越えたという強い絆で結ばれた六人のダイバーたち。
しばらくしてそのうちの一人が服毒自殺。彼女の死を悼むために
集まった五人は当時の写真から毒の入った小瓶の蓋が閉まっていたことに気が付く。
彼女は何故蓋を閉めたのか? 即死のはずでは? そこから始まるミステリ。
「友人だからこそ気付ける謎、友人だからこそ解く意味のある謎」という
コンセプトは面白い。強い絆は「誰かが殺した?」なんてことを考えることを許さない。
探偵と犯人がいるのではなく、ただ友人の突然の死を納得したいだけ。
意外と海の悪意や大人びた友情なんかも書けてたりする。これは良かった。
ただ、登場人物は議論をするための駒、脳内人格ABCなレベルだし
とにかく必要な情報を書きましたって感じの文章は小説としてはよろしくない。
動機も「扉は」「水の」と比べればマシかもだけど首をひねるもの。終りかたも。
そもそも「走れメロス」とイメージ重なるか? そうは感じなかったけど。
独特のコンセプトだけでなくしっかりしたストーリーがあればかなり強くなれるのに。

桜庭一樹の「荒野の恋」がかなりいい感じ。明日続きを借りよう。

春の風は指先を紅く染める
舞城王太郎「山ん中の獅見朋成雄」を読む。
祖父、父に続き背中に鬣の生えた主人公が書家の老人と相撲をとったりしているうちに
変な家で働くことになっていろいろ働いて戻るまでの話。よくわからん。
他の本でもそうだけど擬音に凝ってる。しゅりんこき、しゅりんこき。しゅわりぽちん。
この主人公は「SPEEDBOY」の主人公と似てるけど完全に同一人物ではないっぽい。
しかし話がよくわからん。いったいなぜこんな話に?

東北学生マジック連盟の発表会を観に行く。
連盟といっても二校だけ。まぁ共同発表会ってことか。げ、入場料かかるんだ。
席に着くと隣にマジックを嗜むらしい方々が座っていらっしゃって
老紳士が「殻」をかちゃかちゃと玩んでおられた。それは人前でやっちゃ駄目だろッ!

意味不明な暗転後、開演。いきなりの「タイムメッセンジャー」に笑った。大人気だな。
一人目のシルクは初っ端のミスを引きずってか表情冴えず。幕閉じきりは寂しいね。
で、どうしたって一番気になるシンブル。もうね、このために来たようなもんだ。
なんか「今蘇る九十年代」って感じだった。何故か観てるこっちが赤面。くわぁー。
砂糖菓子っていうより生クリームでぽこぽこ撃たれるような。意味わかりませんが。
ルーティンも技術もなぁ……。なによりまずは指を開いてほしい。
一トリが某二部頭的なノリのイリュージョンだった。え、あれってヨソでも有名なの?
こっちのが本家だったりして。三十分もやってたあたりが向こうより恐ろしい。

二部はディアボロとボールのジャグがかなり良かったのだけど
マジック勢は振るわず。どれもラフな印象の演技だった。もうちょい気を使っても。
大トリのハトは曲が「Space Flight」だった。そこに気がいくよね。

演技以外ではショーの進行がかなりまずいものだった。
Q出しまわりのシステムが違うのかもだけど暗転と無音長すぎ。F.O.で粘ってくれ。
MCが舞台中央でやるのでMC終わってから演者板付けとか何をしとるのかと。
MC自体は面白かったし良かったんだけど。隅でやるだけでいいのに。
プログラムを見るに色々違うらしい。一日二回公演なんてスゴいな。
一般のお客さんもかなり入ってたみたいだし。これは見習いたい。
しかしなぁ質はもっと上がるだろうに。ブタ監やりてぇと思ってしまった。

有川浩「クジラの彼」を読む。
自衛隊で働くひとたちの恋愛あれこれ。あとがきにあるけどベタ甘。
今どこにいるのか、いつ帰ってくるのかわからない潜水艦乗り。
次世代輸送機のトイレを巡る戦い。若気の至りによる脱柵。
とてもよく出来てる。のだけど、甘すぎてほっぺたのあたりがビリビリきてる。
著者は「活字でベタ甘」が好きらしい。ただ僕は活字ではきついかもだ。
マンガならこの話でも平気なはず。この差はどこからくるのか分析してみたい。
どうでもいいけど「鯨」とか「くじら」のほうが好きね。文字の感覚。

Because I miss you
図書館に行く。
その前に岡崎二郎「アフター0 Neo」の二巻を購入。

まずアフター0から。
はじめの「ジンクス」はなかなか面白かったけど後はうーん、と。
あの素晴らしかったキレがだんだんと鈍ってきているような。心配だわ。

借りてきた桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」を読む。
海野藻屑というスゴい名前で人魚を自称する転校生との一ヶ月の物語。
力をもたないが故にどうしようもなく振り回される少女たちというのは
「少女には向かない職業」と一緒。でもこっちでは抵抗すらできない。
滔々と空想を語りながらふらふらと危うい線上を歩くたった一人の人魚のお姫様。
ぽこぽこと撃ち出されるけど現実は撃ち抜けない銃弾。
海野藻屑のイタさは彼女が感じている逃げ場のない痛みそのもの。
これ中学生くらいで読んだら人によってはトラウマになるんじゃなかろうか。
ただ藻屑のあれこれについてフォローが入るのはしょうがないのかなぁ。
そういうものはこの話には必要ないと思うが。結末が始めに提示されるのは緩衝剤用か。
あと兄貴がいいキャラクターだった。影の主役は彼だろう。
「少女には」と比べると痛みがリアルでかなりいい本なのでは。

同じ著者の「桜庭一樹読書日記」もぱっと読む。
内容はまぁ日記。どこで取材受けて何を書いてこんな本かって読んだ、とか。
ただ「作家だけあって」という言葉では説明できないほど本を買い、読んでるらしい。
海外モノのほうが多いみたい。たしかにミステリとかホラーはあっちのが多いもんな。
しかしなぁこの冊数は。「寝る前に~」とかあるけど読むのが速いんだろうか?
とてもじゃないが普通の人間はこんなに本に向き合うことすら出来まい。
ただ流し読むだけと違ってきちんと向き合うにはモノによっては相当な覚悟が必要なはず。
他人に読まれるの前提だからというのもあるのかもしれないが
基本的に読んだ本はみな褒めてるし。本気で本好きな人なんだ。
もちっと真面目に本に向き合うべきかもしれん。何度目かわからんが反省。
そういえば各社の編集さんたちも本に詳しいのなんの。なんであれプロは違うなぁ。
あと表紙を見て「あ、本人に似てる」と思ってしまった。たかだか十本ほどの線なのに。
光と影の指輪
朝、棟入り口の前に小さなポスターが掲示されていた。
こ、これは。是非行こう。そういえば向こうでもそろそろ……。ニヤニヤが止まらない。

輪読の自分の範囲をやる。
前回は馬鹿丸出しだったので今回はストーリーもきちんと確認、紙にまとめておく。
計算は少なかったのでまぁ大丈夫だろう。しかしこれは読みにくい英語だこと。
日本人に読みやすいこととあっちにおける文章評価は違うのかも知れないが
まぁ文章の書き方だけじゃなくて説明の仕方もわかりにくいので文句言ってもよかろう。
これ書いてるのはノーベル賞貰ったそれはそれはエラい先生らしいんだが文才は話が別。

毎度思うのだがこの部屋の変な熱はなんなのだ。
廊下はひんやりと涼しいのに一歩入ると暖房でも入ってるのかと思うくらいムッとしてる。
純粋に日当たりがいいからか? マシンはそんなに激しく発熱してると思えない。

わかるようなわからんような論文紹介を聞いたあと
昨日の続きをやるが余分な項が消えん。計算用紙も切れたし、諦めて帰る。

「ルパン三世 カリオストロの城」を初めて観た。
そうか、彼はこれがやりたかったのか、と。ただあの城を造ろうとしたのは間違いだ。
面白かったし、非常によくできとるなぁと思った。アニメっぽさがいい。
屋根を駆け降りてみょい~んと跳ぶところとか。非現実的なのに自然に受け入れられる。
クラリスは意外と出番が少ないのね。ルパンが部屋に入ってきたときに
「誰?」ではなくて「どなたですか?」と言わせるあたりがなんかマニアック。
「ラピュタ」もだけと最後の別れのシーンがからっとしていて良いですね。
そういえば別れで終わるのって最近見ないきがする。綺麗なのに。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。