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不思議の国の日記
"I see nobody on the road." 彼女には彼が見えるのです
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緑信号
場。いったい何の話をしているのかわからない。これは一度やらねば。

ということで午後は場のテキストを読む。
取り急ぎ今やっているあたりだけ。ノートには断片的に板書が写されているだけだが意外と役に立つ。
計算はやっぱりちゃんとやらないとダメそうなのでまた今度ってことに。
緑関数の意味がわかった……かもしれない。イメージっていうか予想のレベルだけど。
要は位置に関する情報をすべて押しつけられたものなので、軌跡などの伝播を表している、ってとこか。

円城塔「さかしま」を読んだがさっぱり。本になってからゆっくり読もう。

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拡張と成長
桜庭一樹「少女七竃と七人の可愛そうな大人」を読む。しょうじょななかまどとしちにんのかわいそうなおとな。
“たいへん遺憾ながら”母の業によって美しく生まれてしまった少女・川村七竃の物語。
母の縁のある人たちとの出会いや唯一の理解者であり美少年である雪風との話で
お話よりも雰囲気重視な感じ。「青年のための」と同じくデフォルメされた世界なのだがこちらは面白かった。
どこか浮世離れした二人と、そのまわりでどこに繋がるわけでもないのに精密さを増していく鉄道模型。
出生の異常性っていうのはそれだけで味がでる。辻斬りのように、だものねぇ。
後半の「母と娘の関係」というのはよくわからない世界だけに興味深い。
「父と息子」というのも決して身近なわけではないのだがこれは「越えるか越えないか」という
直列的な関係なのに対し、「母と娘」はむしろ横並びの同族嫌悪めいた並列的な関係。
終わりかたも素晴らしい。名前を呼び合うっていいですね。

大森望・三村美衣「ライトノベル☆めった斬り!」をざっと読む。「文学賞メッタ斬り」とは関係なし。
ほぼライトノベルの歴史についてのあれこれ。書評も少し。04年の本なので少々古め。
歴史についてはライトノベルの、というよりもいわゆるオタク的な要素の入ったものの歴史。
ジュブナイルやバカSFから始まる「リアリズムの欠如」。アニメのキャラクターへの入れ込み(萌え)の発生や
実は結構昔からあったロリコン要素とBL要素、異世界ファンタジーの登場、セカイ系のブームなどなど。
小説、マンガ、アニメ、ゲームなどの相互作用を通じてその要素の魅力に気がついた人たちが
抽出と凝縮を繰り返していって出来上がった結晶が現在のラノベってことなんだろう。
ネコ耳やエルフ耳にもオリジナルがあるとか、ハーレムものは意外と新しいものだとかは面白い。
語っている人たちの趣味かもしれないが、SFというのはやはりこっち方面への影響も強くいらしい。
造語やルビといったものはラノベ初期の作家たちがサイバーパンクの影響を受けてたからではないか、とか。
ジャンルとして確立してくるにつれてその“お約束”をネタにするメタ的なものが出てきたねーというところで
この本は終わるのだけど最近のってどうなんですかね。何が売れてるのかすら全然わかんないや。
書評を頼りに(やや古めのものからになるけど)いくつか読んでみようかしら。

TWILIGHT PLACE
買い物と図書館と本屋へ。
今日もまた予報に反して晴れている。青く澄みとおるような感じではなくて
全体的に白が入ってぼやけたような色だがこれはこれでいいものだと思う。

とよ田みのる「FLIP-FLAP」を読む。待望の新刊。
いたって平凡に生きていた主人公。そんな自分から脱却すべく女の子に告白するが
彼女が出した条件は「ゲーセンのピンボールで現在のハイスコアを塗り替えることができたらOK」というもの。
初めは遊び半分で始めたものの、彼女とまわりに感化されて本気でゲームに取り組むようになる、という話。
不思議なことに、この世には頑張ると人に褒めてもらえるものとそうでないものがあって
サッカーやら野球やらは褒められても、ピンボールを頑張ったところで誰も褒めてはくれない。
見返りもない。意味もない。それでも自分の心のために本気で立ち向かう。
桜坂洋「スラムオンライン」の熱血版だといえる。無意味なことにも価値はあるのかもしれない。
ハイスコアを出した人間にこだわる彼女の「ただ心が震えるのです」というセリフがすごくいい。
本気でやり始める主人公も。どんなものでも本気で真剣に向かう人っていうのは美しいね。
画も良い。比較的静かめだった「ラブロマ」と比べるとダイナミックに動くシーンが多くて盛り上がる。
必殺技のシーンはファンタジックに誇張されて最高にカッコイイ。マンガでないとこういうのはできないと思う。
一巻で完結してしまうのがもったいない。次の作品はいつになるのでしょうか。

舞城王太郎「暗闇の中で子供」を読む。奈津川サーガの二作目にあたる。
デビュー作「煙か土か食い物」の直後から。語り手は前作ではちょっと影の薄かった三郎。
連続主婦殴打生き埋め事件のマネごとをする少女との出会いと新たな連続殺人。次郎らしき人物の謎。
ますますタフになった四郎とそれを見て立ち上がる三郎。自分は違うと否定しても確実に流れる奈津川の血。
初めはふつうに読み進められるのだが途中で一度首をかしげることになり
まぁ最後には意味がわかるだろうとそのまま読み進めると最後はデュビデュバ。イエー。
これに限ったことではないが舞城本には全体が一つのかたちに収束しないものが多い。
解釈がいくつもあるというのとは違う。バラバラのままぽいっと終わる。
全体のことよりもエピソードのひとつひとつとか、ベースに流れる部分を読んでくれってことか。好意的解釈。
そういう点では「阿修羅ガール」から入ったのは実に幸運だった。Kくんに感謝感謝。
初めに出てくる楓の無茶苦茶な話が非常に好き。わけわかんないし、後半には関係しないんだけど。
最後の超展開もあって奈津川家の話としては進んでいるようで進んでいない。次はあるのか?

点と線
膨張のほうの計算。
ひとつ諦めたところでまた次の式が立ちふさがる。さすがに運動方程式は確認したいところだが
初めの二階微分の計算のあたりで雲行きがあやしくなり、ひとまず書いてみると嵐になっていた。
適当に計算を始めても全然まとまらない。おかしい。やり方が違うのか? 
これをはじめに計算した人はいったいどうやったのか。いわゆる“こう動くべき線”が見えるとか?
計算ができないっていうのはもうどうしようもない。

別のゼミに顔を出すが今日は膨張やんないらしい。あ、そうなの。失礼しました。
ところで分解についてはやっぱりわかんねぇよ、という話で終わった。これはできない。

インテグレイト
先週末の時点で今週はほぼ雨の予報だったはずなのだが曇ってはいるがまだ降らない。

集講最終日。
卒研のときに読み返してはわけわからんと溜息をついていたはずの
SW、ISWのあたりがすごくわかりやすかった。なんだ、(話としては)簡単じゃん。
ここらへんは読んでもよくわからなかったんだけど、一度目を通していたというだけで
少し話の通りのようなものがよくなっている気がする、やっててよかった三賢者。
だが午後はやってなかったところでブラックアウト。ノートはもらったからいいかな。

アペンディクスを訳し終える。
話がのみこめない。どうしてそういうふうに書けるのか? 計算面倒だし……
積分の範囲が変なのだけどこれって何? 投影すんの?
ここらへんが自分の担当分にならないことを祈る。この先も計算は面倒なのだけど。

瞬きより速く
家を出ると冷たい風が吹いていて寒い。

集講二日目。
気がついたらスペクトルがどうこうとかちょうどこの間までやってたあたり。
こうして聞いてる分にはあれなんだけど計算するとアレですよね。この差はなんなの。
午後はスライドだったが寝てしまった。いかん。
寝そうだ、と自覚はあって寝ては駄目だ寝ては駄目だと心のなかで念じてみたところで
瞬きをした瞬間に眠りに入っているらしい。目を閉じるのがいけないのか? でもそれは。

ひとまず膨張は諦めて輪読のほうを訳すだけ訳すことにした。今週はゼミがなくて助かる。

世界の大きな終末
集中講義。ウェブでのノートはいつも参考にさせていただいております。
スライドで話を聞くだけだろうと思っていたら普通に講義だった。ノート持ってきてよかった。
かなり初歩的なところかから順繰りに。っていうか初歩的とか言ってるけど
これって一年前は意味わからなかった部分じゃないの。とか考えると妙な気分。
面白かったのは宇宙の終わりかたについて。今は膨張している宇宙が
ある程度で収縮に転じるとか、あるいは無限に広がり続けるというのは聞いたことがあったが
その広がり続けるやつの中でも強烈なものは有限時間でスケールが発散するらしい。
銀河など重力で結合しているシステムは耐えられなくなって拡散していき
やがては電磁気力、核力すら膨張に勝てなくなって全てが素粒子にまで砕け散ることになり
あらゆるものは事象の地平線の彼方に消え去って各々の粒子は永遠の孤独のなかに閉じ込められる。
なんと美しいイメージだろう。いつか終わりがくるのなら、これでお願いします。

違うアプローチで膨張のを計算するが届かず。残念。
底なし
場の講義。
やっぱり速い。もはや何がなんだかわからないぞ。
そういえばレポートはテキストに誤植があってテキストと同じになったら間違いだったらしい。
あれ、ちゃんとcの数がテキストと同じになって満足していたような気が。あれ?
たぶん一度しっかりとした本を読まないといけない予感。夏休みでいいかなぁ。

膨張のほうの計算をやるが合わない。ちょっと手を出してみた輪読はこれはこれで意味がわからない。
一度深みに嵌ってしまうとつらい。
孤立の石、someone
母上と妹君が来た。視察らしい。
食べ物をもってきてくれるのは大変ありがたいのですが、そんなに何でもかんでもはいらんよ。

TORNADE BASEより飛浩隆「はるかな響き」を読む。
“あの響き”を失ったヒトザルと計算される一部屋とそれを仕組んだものたち。
よくわかんなかった。なにか根源的な“どこか”あるいは“何か”への志向性のようなものの話っぽいのだけど
それを聞くシステムがなんだかわからない。これを聴くひとたちは普通の生命体ではないということ?
世界の調和から外れたが故の自己覚醒と寂しさというあたりは人類補完計画の裏返しみたいなもんか。
料理や音楽の描写はさすが。空中に浮かんでいるような部屋というイメージがいい。
あの“音”についても。「クローゼット」の“ことり”とかも好きなのよね。
ひとつ不思議だったのがなぜモノリスがモノリスそのものなのか、という点。
べつにモノリス的なものを適当につくって出してもいいと思うのだけど、ここではそのものが出てる。
明らかにモノリス的なものを出すならいっそはじめからオリジナルモノリスをだすよ、ってことだろうか。
今週末には円城塔が、そして来月の終りには小松左京のエッセイが読める。素晴らしい。
ただ変なビューアで表示されてかなり読みにくいので単行本が待ち遠しい。

新海誠「小説・秒速5センチメートル」を読む。
タイトルそのまま、映画の小説版。書いてるのは本人というところが珍しい。
話もそのまま。同じ展開のままあの映像と音楽に対抗できる文章を、ってのはさすがに厳しい。
第三話は映画の時間より少し前からはじまって同じシーンで終わる。いろいろあったんだねぇ、と。
人がひとりで歩いていくために必要な“誰か”。それは気持ちや努力次第で誰でもいいのかも知れないし
あるいは運命でこの人と決まっているのかもしれない。でもそういう人に置いていかれてしまったら。
がむしゃらに生きてみても追いつけない。速度と距離。いったい何が悪かったのか。
映画になかったエピソードも少しだけ。あぁ、あの子はちゃんと言えたのか、とか
彼女にとっても“ただの過去”ではなかったということがわかったりするのは映画観た人には嬉しいかも。
ただ映画の裏がこうなっていたというよりは「ほんの少しだけ幸せなIFの世界」みたいな感じで読めた。
感情については言葉で書いてあるぶんこちらのほうがわかりやすいところもある。頑張れ男の子。
コンピュータから世界の秘密につながり、それが個人の人生にまで“降りてくる”ような感覚は
わかるわぁ、と感激してしまった。そしてそれが現在進行形で失われつつあるのが悲しい。
この話の彼も歩きはじめたことだし、次回作があるなら「ほしのこえ」からずっと続いていた
“置いていかれる男の子”のイメージから進んだものになってくれると嬉しい。


Like A Pumpkin
掃除をして、買い物して、図書館へ行く。いつもどおり。

桜庭一樹「青年のための読書クラブ」を読む。
東京は山の手にある伝統ある女学校である聖マリアナ学園。
威厳のある生徒会、華のある演劇部、ひっそりと赤煉瓦ビルで本を読む読書クラブ。
読書クラブに伝わるノートとして語られる学園の百年と、過ぎ去ってゆく生徒、と予言と終末と継続の話。
この女学校という空間は面白い。少女だけが存在するクローズドな空間。
出てくる少女たちは自分のことを「僕」、相手のことを「君」と呼んでいて一種の耽美系世界みたいになってる。
そして少女たちの向かう先の存在しない感情の受け皿としての“王子”。少女が夢見る、少女のための青年。
いわゆる「理想の男性像」というのとはニュアンスが違うところがなかなか。
さらに学園の創設者にも謎があって……とくればこれほど魅力的な舞台設定もなかろうにと思うのだが
読後感はいまいちだった。今まで読んだなかで一番の薄味かもしれん。
五本の短編で百年の時間をフォローするというのがちょっと無理があったかも。そもそも一つの話が短いし。
どの話も何かのあらすじを読んでいるように感じてしまった。舞台に関しても設定はあるんだけど
実際にそれが駆動している場面があるのかというとそんなこともないし。もったいない。
時間に関してはバブル時代、近未来の話もあるんだがあまり時代が変わる意味がないような。
ただそれでも最終章では百年の歴史という重みが効いてくるのでいいのかもだけど。
でも最終章で彼女が戻ってくる必要はなかったし、彼女たちが継続するのも必要ない気がした。

三崎亜記「バスジャック」も読む。二作目。短編集。
残念ながらこちらもあまりピピンッとくるような本ではなかった。
古いSFのようなおかしな世界の話がほとんどなのだけど、とりあえず変な世界考えてみましたー、な感じ。
ただどこかで見たことあるような。見覚えのある、よく知った不条理という不条理。
オチのキレの問題か、あるいは無骨な世界構築のしかたによるものなのか。
「二階扉をつけてください」は星新一を思わせるクールなオチなのはよいのだけど
その前の時点での幼稚園児とか先住民がどうこうとかは必要だったのか。ないほうがすっきりしそう。
表題作や「動物園」も固有名詞はがちごちと凝ってるわりに話としてのオチとのバランスが悪いような。
いろいろ設定を考えて、思いついたことは全部書いちゃってるんじゃないかと思ってしまう。
「送りの夏」も既視感が強い。上手なひとなのであんまり奇抜なものに走らないほうがいいんでないかな。

軌跡に沿って進め
膨張のほうの二成分系のあたり。
ひとつだったものがふたつになっただけであって、本質の変化はないんだけど
変数のとりかたをチャッチャチャッチャと変えてやると見え方が変わって
そこまでの計算が面倒な代わりにすっきりかける。この二つは矛盾しない。
で、計算を確かめなきゃいけないわけだがもうこういうのは嫌だ。こんなのって、こんなのって……
いくら変形していっても求める形にならない。ポテンシャルの微分とかが変なかたちなので
知らないうちに穴に落ちている可能性が高いわけだが、ここには一人しかいない以上、気がつけない。
式変形ってうまくやるコツとかあるのかね? やっぱりこれにもセンスとかあるんだろうか。
機械的なようでありながら恣意的にもなりうるのでどこに辿りつくかはやってみないとわかたない。
あとそもそもの断熱とエントロピってのがわからんわけだが。これは輪読の教科書の記述を読んでも
よくわからない。名前の意味もわからなければ、ただの違いとしても認識されていない。

シャーペンのあたる中指が悲鳴をあげはじめたので少々早めに帰宅。
いちおうノート類は持って帰ってみるが、どうせやらないのだろうなぁ。

不変普遍
偏とか全とか共変とかそのあたり。
あんまりよくわからず。共変ってのは座標変換ができるだけであって
誰が見ても同じに見えるゲージ不変みたいな概念ではないのだよね?
基底のほうの変換のしわ寄せって話らしいというのはわかるんだけど、それとこれとがつながらない。
岩波の黄色い本も参考にしながらやってたんだがこの本って意外といいね、と思い始める。
具体例とかではなくて、本当に相対論のエッセンスである座標変換がどうとかいう話が丁寧に載ってる。
ただその分、初心者には向かない気も。上付き下付きは大鬼門。
「この本でわからなければ物理は諦めるべき」(意訳)という序文は半分正しくて七割間違っている。
時間さえかければ、たいていのことはどうにかなるということを理解しつつあるわけだが
はたしてそこまでする価値があるのかどうかは先に悩んでおいたほうがいいような気がする今日この頃。

天の向こう側
素粒子。
もう何の話をしているのかついていく気すらなくなってしまった。小テストもわからん。
具体例を考えるのが近道なのはわかるんだがいちいち覚えてられん。細かい話は嫌い。
期末テストはちゃんとあるらしい。目標は理解ではなく、単位獲得に。

膨張ゼミ。本当にあらすじけで終わった。申し訳ないところだが仕方がない。来週はきちんと。
ここらへんのものっていうのは結構真面目に考えられているらしい。そうなんだ。
本来ならば大変面白い、というかこういうのがやりたくてここに来たはずなのだがいまいち盛り上がらない。
5次元だろうが11次元だろうがやることはスペクトルの予言をして比較するだけってのもあるし
何より「なんでもあり」の度が過ぎてしまっていてリアリティにかけるっちゅうかなんちゅうか。
遅転モデルにしたってポテンシャルの形で何種類にも分かれているというのに
高次元だのなんだのとやりはじめたらきりがない。何かがわかりかけているような気になるが
実際は何もわかっていないに等しいのでは。ルールのないゲームは面白くないよね。

輪読のつづきを読むがすぐに詰まる。
偏微分と全微分と共変微分の違いがわからなくなってきた。教科書持ってこよう。


一意分解性
輪読ゼミ。
宿題だった分解に関してはさんざん文句を言われたあげくまた来週とのこと。読んでもわかんねぇって。
行列のあたりはまぁまぁ。線形代数って大事なのねと今になって感じる。

膨張のほうは高次元の話で意味がわからないなりにアウトラインだけでも追いたいところだが
概要からしてよくわからない。ブランチってなに? モードみたいなもの?
宇宙の“外”みたいなのがあってそこでの“他の宇宙”との相互作用を考えるみたいな話なんだが
こういうのって真面目に扱われてるんだか冗談半分なのか。ツィツィミトルからの電波では?
神通力
場。
ちょこっとディラック場の話。負が出ないように一階微分にしたのに結局出ますね、と。
相対論とならぶ“純粋理性”によって導き出されたもっとも美しい理論のひとつなんだって。
この“純粋理性”というのがいいですね。「神への長い道」を歩けるのはこういう人たちだけなんでしょう。
ウィッテンのことは「彼は天才ではないけど超秀才で……」とさらっと言ってた。そのほうがすごい。

輪読のをちょっと読み始めるがアペンディクスを読まないとよくわからない。
このアペンディクスそのものが難解。これ読むだけで一週間かかりそうだ……

深海層
有川浩「海の底」を読む。
横須賀に突如として三メートルもあるエビの大群が出現。上陸して人を襲い始める。
子供を助けたはいいものの囲まれてしまって潜水艦から逃げられなくなった自衛官二人の話と
事態をどうにかすべく外で動く人たちの話が同時進行で語られる。自衛隊三部作の「海」。
キャラクターの性格付けや配置、エピソードの張りかたは文句なしに巧い。
警察や自衛隊についてもしっかり調べてあるらしく(どこまで正しいのかは知らないが)リアリティを感じる。
ただキャラクターのデフォルメ具合とのマッチングが気になるようなところもあるけど。
特にこの「海の底」は容赦が無いところが多く、顕著かも。
事態の最終的な解決法は現実問題としてはこういう展開になるであろうというのは理解できるが
あまりに現実的すぎて厳しく映る。それまでの時間と犠牲は何だったのか。「そういう国」では仕方ないのか。
艦内の「中学生日記」は内部で完結しているので外の状況ほどシリアスではないのだが
屈折した男の子がなんだかもう痛々しくて見てられん。ここまで描くの? 躊躇のなさが怖い。
一応大人の自衛官二人と女の子のほうがしっかりものとして描かれるのでなおさら。
男の子はそんなすぐには大人になれないのだよ。少なくともひとりでは。頑張れ男の子。
エンタメとしては間違いなく一級品なのだが(四百ページ超を一気に読ませるわけだし)
失礼なのは重々承知でこの人の本はどうしても「面白い」とかより「巧い」と思ってしまう。
個人個人にとって必要な物語が違うからかもしれないが、もうちょい“なにか”欲しいと思ってしまった。

ここのところ土日以外の日の時間の進み方がおかしい。
気がつけば六月半ば。そういえば最近急に暑くなってきた。時間は着々と進んでいる。
いっそいつまでも今の生活が続くというのならまだいいのだが、あと二年丸々は残っていないわけでして。
「必ず闇の中でも星は瞬く」と誰かさんは言っていたけれど、伸ばす腕がないことにはそれすら見えん。

こわい眼
食器を洗っているとガタンッと一度跳ねてから結構大きな揺れが来た。
ゆらゆらという大きく振れるのではなく、小さく連続的にガタガタいうかんじ。
ベランダへの窓と食器棚が大きな音を立てていて、これ以上強くなったら危険だと思ったところで終息。
ちょっと大きかったなぁと思ってテレビを点けるとちょっとどころではなかったらしい。
すぐ近くではもっと大きく揺れて被害が出ているらしいが実感が持てない。テレビの感覚と乖離してる。
しばらくして家から問い合わせ。そりゃテレビ見てれば気になるわな。幸いここらは平気でした。
BくんやMさんからもメールが来た。ちょっとでも気にしてもらえて素直に嬉しい。ありがとうございます。

藤田和日郎「邪眼は月輪に飛ぶ」を読む。出てからもう二年くらいは経つのかな?
そいつに“見られた”ものは死ぬという邪眼をもつフクロウ「ミネルヴァ」が東京に出現。
かつて「ミネルヴァ」を撃ち落とした伝説の猟師がアメリカの特殊部隊とともに戦うという話。
“見たもの”ではなく“見られたもの”が死ぬというところがポイント高し。フクロウの視野が広いというのが
きちんと活かされている。死ぬ理由はあくまで邪眼の呪なのは気にはなるがしょうがない。
ガシガシと力強い画の迫力はさすが。主人公が真っ直ぐな人なのも藤田和日郎作品らしくてよい。
ただ、もともと集中連載(全七回)だったので短い。短すぎる。どうしても物足りない。
基本的に小説は短いほうが好きだが大長編には大長編にしか出せない味があるのも事実。
「うしお」も「からくり」も大長編のお手本のような出来だったからなおさら。ちなみに「からくり」派。
小説で全三十巻とか映像で一時間×二十本とかだと全部追うのはかなり難しいのだが
マンガはストレスを感じさせずに何十巻でも読めるので最も大長編に向いた形態なのではないか。
もっとも描くほうとしては何年もひとつの物語を続けなきゃいけないわけだから無茶苦茶な苦労だろうけど。
今サンデーでやってるやつはぜひまた長く濃い話になってほしい(まだ読んだことないけど)。
あと「からくり」の愛蔵版をだしてはくれまいか。

行列のできる式
膨張ゼミのを読むけど読めない。日本語にすらならなくなってきた。
ここらへんは読みとばしてもいいですか? ひとつひとつフォローはできかねるんですが。
むしろ次のセクションをやったほうが今後のためな気もする。

そもそもLのつくりかたを知らないあたりに問題があるのだ、ということで
そこらへんを相対論のテキストでちょっと読むけど計算ができなくて線形代数をやることに。
行列式って何? ってところから。学部のときの黄色い本が役に立つ。これわかりやすいかも。
でも定義の意味がよくわからない。きっともっと深遠な理由があるのだろうけど今は触れずにおく。
このテキストはなぜか複素(というかユニタリとかそのへん)を扱ってないのが欠点だが良い本だ。
しかし行列式の定義と余因子のつくりかたを押さえたところでその微分がわからん。

某処理事務について。訂正多過ぎ。ちゃんと確認してから送信しなさい。あと番号はちゃんと書いてくれ。

同語反復
場のレポートを片付ける。
まずテキストをフォローしていて「わけわかんねー!」と思っていた計算は
無限小は定数をかけても無限小で積分の変数をかけたときだけ残す、っていうだけだった。
完全系の挿入はテキストには「代入して」って書かれてるけど
実はその前の時点で交換関係が違う係数をとるようになっているあたりが罠だったことが判明して
ここらへんは定義の任意性が非常にうっとうしい。なんとかレポートは終わったけど。
でもこれでいいの? ほぼテキストそのままっていうか公式にちょちょっと代入して終わりなんだが。

分解のテキストになるものを探すが見つからず。
かなり古い歴史をもつ方法なのだがそれ故にもはや誰も詳しく解説しようとはしてくれないらしい。
借りたテキストの文章の意味不明っぷりが意味不明。なんなのこれ。トートロジー?

「分解」「溶解」「……」
今日はゼミがないのでゼミの計算をするが駄目だった。
三階微分のあたりが怪しい。近似もどこまで適用するべきかで変わってくるのでアウト。
オリジナルの論文に計算って載ってるんだろうか? 普通、載せない。

ゆらぎの分解については借りたテキストが意味不明だったので諦める。
代わりに線形代数をやる。成分で書かれるとやる気がでないがしかたがない。
派生的な部分はおさえられたが、肝心の第一段階がクリアならず。しかも分解の問題だし……
フーリエにしたって分解の理屈はちゃんとおさえてない。もはや自明扱いされてるような。

終わらない日々
膨張のほうの計算をやるが出ない。たどりつかない。
方針からして悩む。どちらの式から始めるべきか。残す変数は何にすべきか。
片方はかなり分解できたのにもう片方が崩れない。いったいどうすれば。

輪読ゼミ。もうだめだな。
数学の細かいとことかどうでもいいとしか思えない時点でここにいるべきではないのだと思う。
そこらへんは書いてあるものを鵜呑みじゃだめなの? 調べてたら読み終わらないっす。
“そっち側”への壁は高く、厚い。こんなはずでは……といったところで始まらないし終わらない。いっそ終れ。

結局計算は終わらず。一日かけて式一本変形できないって、悲しい。

壮観関数
場の理論。
わかるようなわからんような。ペースが早い。ここ数回分はまったくフォローできてない。
レポートもあるし。テストもやるらしい。出席してれば単位は大丈夫らしいのでよしとする。

輪読のをきりのいいところまで読んでから場のレポートに手を出すが歯が立たず。
載っている公式で計算をするだけのはずなのだが計算ができない。式変形がわからない。
なぜそんな形になるのか。cはどこへ消えた? 無限小量って二倍されても変わらないの?
諦めて膨張のほうの計算をやりはじめるがこれまた。なんだよこれ、でねぇよ。
8πGがすごく邪魔。わからん。もう式変形やりたくない。

アンチ・ロゴス
飛鳥部勝則「堕天使拷問刑」を読む。
両親を事故で亡くし、母方の実家に引き取られることになった中学生の主人公。
おかしな風習が残り、アンチバベルの塔がある奇妙な町でのいじめと殺人事件と。
SFマガジンで紹介されていたので(ハヤカワの本だからな)読んでみたのだが、思ってたのと違った。
もっと偏執的な世界の話で趣味の悪い京極堂風青春ミステリみたいのを期待していたが
思ったより普通。たしかに変な人とか変態とか出てくるけど小説世界でのインパクトには欠ける。
カニはかなり気持ち悪かったんだけどあっさり退場しちゃったし話に絡んでくるわけではないし。
回想形式で語られるので地の文では「私」で会話では「俺」という違和感は面白い。
この主人公の醒めっぷりもたいしたもんだが不二男のキャラクターがいいね。理想的な解説役。
ヒロインは登場回数が少なくて影が薄い。アンチヒロインのほうが存在感があった。
ラストの展開には唖然。と思ったら普通にまとまって終わってしまった。
なにがどう「拷問刑」なのかのあたりは面白かったのにな。そっちにつっぱしてもよかったのに。
道具立ては魅力的だったのだけど話そのものの色のなさに引きずられてしまった感じ。惜しい。

大塚英志「物語の体操」も読む。
サブタイトルは「みるみる小説が書ける6つのレッスン」となっているが
半分が書き方アドバイス、残り半分が批評というか小説構造の解説。
書き方のほうはプロットのひねりだしかたとかまずは既存のもののコピーから、という話。
「小説を書くということはどこまでが誰でも習得可能な技術でどこからが作家性なのか」を
見極めたいというだけあってなかなか面白い。ちょっと読むだけでもひょっとして、という気になる。
構造解説の部分は「最近の若者は世界観をつかむのに長ける」というのがあって確かに、と思った。
自分も本を読む際に、物語(ストーリー)よりも世界観を重視する傾向があるような気はするし
ここで解説されている「物語の構造」については言われるまで全然気がつかなかったしなぁ。
今後はますます設定づくりとお話作りと実際に書く人との分業化が進むのかもしれませんねぇ。


失われるもの、続いていくもの
図書館へ行く。しばらく休みになるとかで一週間長く借りられるのね。

三崎亜記「失われた町」を読む。
三十年に一度、どこかの町の住人が一斉に消える「消滅」と呼ばれる現象。
消えた町は意識するだけで影響してくるので強制的に地図からも消されて忌むべきものとして扱われる。
家族を失った人、恋人を失った人、ただひとり残された少女。「消滅」に関わってしまった人たちの戦い。
三崎亜記は「となり町戦争」があまりいいと思えなかったので「いちおう読むけど……」くらいの気持ちで
借りてきたのだが、読んでみるとかなり良い本だった。ごめんなさい。
連作短編集になっていて、個人のお話が最終的にひとつに収束するというドラクエⅣ的な構成。
「町」の意思によって住人達は自分たちが消えることがわかりながら抵抗できないだとか
消えた町のことを悲しむと町に引き寄せられてその人も消えてしまうとかの設定は面白い。
「となり町」の主人公は無表情無個性で流されるままだったのに対し
「失われた町」では戦うし、細かい癖とかもつけられてキャラクタライズされている。
ドラマ部分はベタの範疇。よくある話。でも丁寧に書かれているので受け入れてしまえば問題なし。
各話に出てくる温かいお茶のイメージとか
エピソード4「終の響い」の終わり方とかベタ中のベタだけどぐっとくるものがあった。こういうの好きね。
有川浩もだけどこういうベタなものをきちんと書けるというのは偉いと思う。プラスアルファがあればなお良し。
問題は「消失」以外の設定。途中で出てくるオリエンタル世界はいったい何か。
急に攻殻みたいな街が出てきて「?」と。日本の話じゃなかったのだと中盤で明らかにされても。
分離の設定や楽器の特殊な調律なども出てくる。そういうのが「あり」の世界らしい。
SFというよりはファンタジー。かと思うと科学用語が出たりで「月光とアムネジア」と同じくらいどっちつかず。
そこらへんの世界観バランスが悪い。説明も硬いし設定をがたがたと積み上げただけに見える。
ただ「SF」とか「文学」として見なければ歪な設定やベタな展開を気にしなくてもいいのかも。
「誰かがやらなければならない」ことを実際に誰がやるのか。「わたし」でなくてもいいはずなのに
「わたしがやる」「わたしもやる」とどうにもならない運命めいた「消失」を相手に必死に抵抗するというのは
どんな人間にも必要な物語なのではないかと思う。「わたし」ができなくても「きみ」が継ぐ。
最後まで読んでから初めの「プロローグ、そしてエピローグ」を読むことでこの話は閉じられるのだけど
完全な勝利にはならないだろうけどそれでも、という意思が感じられて大変良い終わりにして始まりだった。

一〇〇一光年の孤独
輪読のをある程度まで読み進める。
自分の担当範囲を忘れてしまったのでちょっと長めに読んでおけばいいであろう。

もうひとつの多重膨張のほうのゼミを聴くが眠い眠い。
初めの式が違うだけでやることは一緒らしい。最終的な式も一緒だったし。あとは数学的な違い。
射影とかなんとかはよくわからんけどそのうち出てくるんでしょう。

最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」を読み終えた。
遺品や関係者のインタビューを通して星新一の生涯を追うノンフィクション。
星新一の本はほとんど読んでいない。数冊は読んだが、サイエンスな感じが薄かったし
簡素すぎる文体も合わなかった。良い読者ではなかったのだと思う。
製薬会社社長である父のモットー、「親切第一」から名付けられた「親一」。
大学を出たころには急逝した父の会社を継ぐが上手くいかず、まわりに振り回されたあげく会社を手放す。
「宇宙塵」の創刊。ペンネームは「新一」。江戸川乱歩からの評価と一般誌へのデビュー。
SF=星新一のショートショートという時代があったこと。それでも時折ちらつく偉大すぎる父の影。
一〇〇一話書き上げた後の文学的評価が得られないことの不満と「誰もが読める」ことへの執着。
星新一の歴史であり、SFの歴史になっている。最相葉月という人はよくぞここまで調べたものだと思った。
中盤以降は歴史モノといっても過言ではない。日本SFの誕生、成長、浸透と拡散。
それを先導した星新一。外では破天荒な人物なのに家では冗談も言わないという二面性。
醒めていて無関心なように振舞っていても作品への評価へこだわる人間くささ。ふと感じる微妙な距離感。
終章の、浜辺にひとり立っている風景というのは星新一の心象風景そのままなのかも知れない。
今でも本は売れ、翻訳などもされているらしい。これからもずっとずっと長く読まれ続けていくのでしょう。

輪読のを読む。
昨日つまったところは通過できたが違うところが何度やっても合わない。明らかにおかしいのではないか。
それ以外は問題なし。計算を確認するのが面倒だが。

メールの転送設定あれこれ。
不安定だ。つけっぱなしにしておかないといけないし。他の方法はないのか?

昼は晴れていたのに帰る時間には大雨。洗濯物が……
粒子の素
今日は忘れずに素粒子に出席。
小テストはさっぱりわからなかった。あんなのいちいち覚えてないって。
いろんな量によってグループみたいなものがあって単純に粒子の種類が増えてきてるんだが
なんだか化学で元素の名前とかを一つ一つ確認してるような不毛さを感じる。こういうのは嫌い。

膨張ゼミ。
とくに問題なく。とばしていた面倒な計算をやれとのこと。まぁそうですね。
先生たちの会話が意味不明なんだがそこまでたどり着くのか。これは、あれだな。
Lの意味がわからんといったら教科書を貸してもらえた。でもこれは「寝っ転がって読む」本ではないと思う。

素粒子のノートをちょっと見なおす。
角運動量の合成が頭から完全に抜けている。うーん、だめだ。
そこらへんを昔のノートで復習。今見ると話の展開がけっこうすっきりしてるように感じるが
当時は意味不明だった。そういうこともある。

輪読のを読み始める。物差し変換は散々やったのでなんとかなりそう。
計算は頭からごりごりいくのではなくて摂動だけ集めて計算していて手際がいい。
というか普通はそうやるよね、という話。頭からやって挫折した人間もいるのだが。
一か所書いてある結果と合わないところがあったところで帰宅。

回転砂時計
午前はインフレ。
高次宇宙のあたりは話だけでいいんだよね? 計算は確かめなくていいよね?
しかしここらへんってもはや狂気の領域な気がするんだがどういう扱いになっているのか。
ウィキを見るに「宇宙は膨張と収縮を繰り返していて、この宇宙は五十回目の宇宙である」ってのがあって
あぁ、なんて頭が悪いんだろうとうっとりしてしまった。やるならそちら側まで行ってみたいところだが。

素粒子の小テストとノートを印刷。
先週は忘れてたので何をやってたのかさっぱり。ノート読んでも話の展開がつかめないぞ。
そういえば学部のときの素粒子もここらへんでわからなくなった記憶が。悲しい歴史を繰り返すわけには。

スキップカード
場の講義に出るが寝てしまった。いかん。こんなことではいかん。
計算を華麗にスキップしていくのは聞いてるぶんには楽なんだが後で自分でフォローしなきゃいかん。

インフレのを読む。
特殊関数の本を探しに行ったけど難しすぎてわかんね。まぁいいや。スキップスキップ。
ちょろちょろと計算をしていく。ここらへんはそんなに複雑ではないが何を計算してるのかがわからん。
それぞれの量の意味合いを把握していない。これはそのうちわかるのかな?

若干畏れおおい
掃除をしてから図書館へ行く。
大塚英志の本と予約していたSFマガジンと「失われた町」を借りる。
その足で本屋へ。自分でもあれだなと思うが帯のために黄色い本を買った。ついでに野球も。

SFマガジン七月号より円城塔のインタビューを読む。
実にいい。こういうのをずっと待っていた気がする。何かが道をやってきてしまった。
他の出版社の雑誌に書いたやつはちゃんと単行本化するのだろうか。ぜひしてください。

大塚英志「キャラクター小説の作り方」を読む。
ライトノベルを書きたい人へのアドバイスとライトノベルの価値を認めたまえという主張が半々くらい。
もともとは雑誌掲載されていたものらしいんだが「スニーカー文庫のような小説」っていう言い方するのね。
ラノベと呼ばれはじめるより前に書かれたらしい。代表作として「ロードス島戦記」が出てくるのが
時代を感じさせる。大森望もラノベの元祖はロードスだといっていたが今の人の多くは知らないのでは。
書くときのアドバイスとしては「オリジナリティ」と「キャラクターの動かし方」がメイン。
そもそも「オリジナリティ」とは何なのかという話から始まって基本的に既存のアイディアの
アレンジで主張をすればよい、ともっていく。「両目の色が違う(いわゆるオッドアイ)」というキャラでは
例として「体の半分だけが不死身」というキャラをつくっていて面白いじゃないかと思ってしまった。
最後のほうはラノベ的なリアリティを使ってしっかりした話を書くことができれば
それは新しい文学になりうるんだよ、と。この人はラノベとかを嫌っているもんだと思っていたが誤解だった。
たしかにがちゃがちゃしたラギッドな世界っていうのはいいと思うんだけどね。お話はまだね。
舞城王太郎がそこにかなり近いんじゃないかと言ったら怒られるだろうか。



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