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不思議の国の日記
"I see nobody on the road." 彼女には彼が見えるのです
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28番目の少年
ごろごろしながら本。
はたして去年の休みは何をしていたんだっけかな、と思い返してみて
例の書類を書くためだけに学校に行っていたことを思い出して嫌な気分になる。

「AKIRA」をブルーレイで観直し。
原作よりこっちのほうが好きだ。なにが良いってどこか現実と地続きになっているような街並みと崩壊の予感がよい。
攻殻GISの街も似てはいるけれど、あれよりも硬質で直線的なのが好みである。
ダイジェスト版のような展開と妙に細かいカット割りのせいで落ち着かないのは気になるものの
序盤のバイクアクションや顔面いっぱいをつかって喋るキャラクタやむくむくと膨らむ肉塊やコードうねうねは面白い。
完成度なんてものがない、荒削りという言葉がこれほど合う映画もないように思うが
このあとに続く「スプリガン」「スチームボーイ」をみるに良い方向に磨かれなかったのは残念である。

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てんさてんさ
金曜が邪魔をして跳び石になっているところをつないで六連休にすべく
TSUTAYAにてまとめてDVDを借りてから学校へいく。
学校についたところで「明日から旧作半額」クーポンメールがきてしょんぼり。

寝たり遊んだりしながら続きを読むだけ読んでおく。計算は来週やろう。
ここらの話は二年前にやっていたゆらぎの分解みたいな話だと思うのだが
見事なまでに記憶にないのでやりなおさねばならん。人の記憶は実に儚い。
しかしこの「表現に属する」という感覚はさっぱりわからん。
カルタン固有状態がそのまま物理状態に対応するっていうことなのか?

ウェイト・ア・モーメント
進んだり戻ったりを繰り返しているうちにゼミタイム。
ここらは数学の話で、物理例と関係してこないとやはりわからん。
もうちょっとで一般論は終わるのだが、載ってる例はどれも素粒子の話で
ループのほうにはあまり関係してこないのだが、読むだけ読みたいところ。
もうちょいのほほんとしていたいのだが、量子のほうもやらんとねと言われてしょんぼりである。

ルート999
四角を並べて線でつなぐと全体像が見えるぜ、というのをやる。
初めはなんじゃこりゃと思っていたのだが、しばらく眺めているうちに
やってることがわかって、自分でも書けるようになった。
しかしもう少しわかりやすい表記は出来んのか。初めからpqで書けばいいのに。
しかし初めのルートはどこから出てくるのか?

1上げて2下げない
昼からガッコ。
どんどん読むのが面倒になってきている。これは危険である。
あとゼミが水曜に繰り上げ。全然進んでない可能性があるが、やるだけやるか。

コントラバスの独白
津原泰水「ブラバン」を読む。
先輩の披露宴のために、二十五年ぶりに吹奏楽部のメンバーを集めて演奏しようとする話。
語り手は1980年度入学生という設定で、個々のエピソードはきちんとこの時代に密着していて
現在の話をしていたかと思えばシームレスに(一行空けたりせずに)過去の話につながったりする。
語り手は弦バスことコントラバスをやっていて、もし部内で“フルーツバスケット”をやるとしても
「金管!」「木管!」「パーカス!」と違って呼ばれることがないという例え話は非常にリアルで面白かった。
夏合宿では廃校で練習したり、お父さんとベース買ったり、ローマ法王を観にいったり、文化祭で暴れたり。
いかにも青春なエピソードだが、しかし過去を見返す視点は決してノスタルジアに浸るでもなく
冷静なところが大人である。作中に出てくる曲がほとんどわからんのが悔しいなー。

「ユージュアル・サスペクツ」を観る。ある大物の陰謀にはめられた男の話。
エレベータでの誘拐は異様な丸メガネやシャフト内の映像で面白かったのだが
なんかあとは特に面白くなかった。オチはどうでもいいです。

至金週
午後から晴れるという予報なのに曇ってしかも雨まで降りやがる。
一日本を読んで過ごす。ゴールデンウィークが待ち遠しいの。
夕方くらいから例によって左目が痛いので早く寝る。
Not Expression But Representation
午後からガッコ。着いてすぐゼミ。
頭からきちんと読んでいるわけでもなく、テキトーなのでゼミもテキトーである。
いまいち“表現”というものがよくわからん。何事も慣れだと言われてしまったが。

その後は寝たりしてしまい、ほとんど何もせず。
帰りのバス停に並んでいるときに謎の表記やルートとルートのあいだの
マスターフォーミュラについての意味がふとわかった。テキストはもっとわかりやすく書いてよ。

雪のなかをすすめ
SU(3)の例をみる。
8つのジェネレータのうち、ふたつの固有値で状態を記述して
残りは上げ下げに使えるという話で、たしかに計算するとそうなっている。
しかしその意味がよくわからない。これはK粒子などにそのまま対応するらしいのだが
いったい何がどう同じでどういう意味なのかがさっぱりである。

やってしまった。
ジュード・ロウが出ている「スターリングラード」(2000)を借りたつもりで
「スターリングラード大攻防戦」(1972)というのを借りてきてしまった。
たしかにパッケージにはジュード・ロウの名前があったので、中身が間違って入ってたらしい。
いまさら交換してくれとも言えんので観るだけ観る。
ドイツ軍の援軍を阻止するために雪原を行軍し、塹壕を掘り、対戦車砲で戦車を迎え撃つ話。
独ソ戦って全然知らないわけですが、とりあえず観るだけなら困らなかった。
行軍のシーンは実際にめちゃくちゃ寒いところで撮影しているらしく、しゃべるシーンでは
ゴジラの放射火炎のように白い息がのびる。日本じゃせいぜい口元しか白くならんというのにねぇ。
兵士が歩き、馬が対戦車砲を引いている隣を司令官がふつうの車(ジープとかじゃない乗用車)で
走っていくという画はシュールだ。一頭の馬が骨折したので射殺する、というシーンでは
まわりにいる他の馬が銃声に驚くのもちゃんと映っていてリアルである。
戦車の正面にちゃんと銃眼があることを初めて知りました。上から撃つんじゃないんですね。
この戦車のシーンも低予算というか演出されてないがゆえのリアリティみたいなものがありますな。

p回上げて、q回下げる
雨だ。昼過ぎからガッコ。
ルートとかのあたりを進める。細かい話はよかんべ、と
定理やその証明は無視して進んでいるのでペースは速いが中身はアレだ。
マスターフォーミュラはウェイトとルートの間の関係としてはわかるのだが
ルートとルートの間にこの式が成り立つのが理解できん。
それがわからないと先に進めない仕様になっているので、明日質問することにする。

一階玄関ホールに着いてから傘を部屋に忘れてきたことに気づき、
戻るのも面倒なので濡れて帰る。寒い。見てないが、昼間はみぞれだったらしい。
家についたところで唐突に電話がかかってきて唐突に切れる。なんだなんだ。

天の王国
シンプルルートとかそのへんを少々。
マスターフォーミュラとやらがわからんので戻らねばならぬ。
なので、場のテキスト読み返し。
わりと時間をかけてうじうじと計算したりしていたはずなのだが
俺はいままで何も理解していなかった、ということを発見してしまった。
すべては学部の授業とテキストがいけない。波動関数とかいってるのが元凶であって
はじめからベクトルですと教えるべきなのである。そうでないとあとあと困る。
さらに言うならば場のテキストは(少なくとも初心者を対象とするのであれば)
そこいらの復習から入るべきなのであり、それをしないのは怠惰としか言えないのではないか。
表記とかさぁ……誰かどうにかして。

「キングダム・オブ・ヘブン」を観る。
鍛冶屋をやっていた主人公が実は騎士の息子だったので、父のあとを継いで
十字軍としてサラディン率いるイスラム勢力と戦うことになるという話。
実写版「デモンズソウル」はこんな感じになるだろう、と冒頭の城をみて思った。
鎧ガチガチの騎士こそいないものの、軽装備はまさに「デモンズ」で出てきたものだ。
武器も十字軍側は直剣で、イスラム側は曲剣を使っていたりする。
しかし直接の戦闘シーンは「グラディエーター」と同じように妙なコマ送りみたいな
映像にされてしまっていて、あんまり魅力的ではない。
しかしクライマックスに登場する投石機はたまらん。着弾すると爆発するので「爆撃」状態。
これ現代の戦車より強いんじゃねぇの? というぐらいに見えるんですがどうなんでしょう。
さらに攻城塔に油まいて火つけたり、銛を打ち込んで引き倒したりと盛りだくさん。
それを眺めるサラディンの背後で巨大な車輪(投石機?)が音を立てながら廻っている画は最高である。
俺はいまファンタジーを観ている、という気分になれた。魔法とかドラゴンとか話にならねぇ。
しかしこの輝くようなクライマックスにたどり着くまでが長いのなんの。
観たのは劇場公開版より五十分も長いディレクターズカット版(全長三時間強)だったこともあって
ちょいと辛いものがある。お子様のシーンが丸々追加されているらしい。
お子様関連はとてもよかったので削るのは確かにもったいない。テンポが悪いわけではないんだけどね。
例によって装飾やらなんやらの細部にまでこだわっている映像は確かに楽しいのだが
今回はわりとカメラが遠いというか何というか。広く続く背景にどこまでも人がいる、だとか
戦闘直前の城内に人がみっちり詰まっているのを俯瞰で撮ったりしているので、
印象としては密度は低くなっているように感じてしまった。狭く濃くのほうが好みである。
あと青みがかった暗闇はとても綺麗なんだけど、テレビで観ると暗すぎてちょいと困った。

緊急避難室
復習とルートとかの話。
やることの流れはなんとなくわかるのだが、実際に何をしてるのかがわからない。
生成子の空間と、それが作用する空間は別物なんだよね?
生成子に対して生成子が作用したときの固有値というのがあって
それのおかげで作用する空間のベクトルに対して上げ下げが出来る、という話らしいのだが。
ちょっとここらへん難しくないですか。やらなきゃだめですか。

「パニック・ルーム」を観る。
引っ越したばかりの母娘の家に強盗(ではないんだけど)が侵入、
ふたりは緊急避難用の特殊部屋パニック・ルームに逃げ込むが……という話。
登場人物も少なく、舞台は家だけなのでシンプルである。
しかし音楽等の演出のせいで妙に重々しい雰囲気になっているのがおかしい。
携帯電話をとりにいくシーンのスローモーションの使い方やフロアを横断するカメラ、
玄関での警官のやりとりなどは楽しい。このときの警官の表情がよいのだ。
OPクレジットの不穏な雰囲気も好み。とってつけたようなお父さんの登場はNG。
強盗のうち、若くてアホなのが「レクイエム・フォー・ドリーム」の主人公でびっくり。
フォレスト・ウィッテカーはその顔だけで悪者になりきれない感がでていてよい。
覆面野郎は素顔が「真悟」のラストでさとるを誘う変な子供に似ている。マンガ顔。

いつか帰るところ
「ボーン・アイデンティティー」を観る。
漂流しているところを助けられた記憶喪失の青年が自分の正体を求める話。
記憶がないんだけど格闘や潜入技術を体が覚えている、という設定が素晴らしい。
とくに初めの領事館のシーンで「何故か捕まえられそうになる」→「警備員倒して無線機奪う」→
「フロアの案内板を剥がし、逃走経路を選ぶ」が流れるように繋がるのがすごい。
ポイントは無意識にこれだけのことができるように描かれているところで
まるで「電話が鳴る」→「受話器を取る」みたいな自明さで行動しているようにみえるのがえらい。
ラストはどこまでが計画だったのかがよくわからず。MGS2みたいな話なの?

「殺人の追憶」を観る。これは「母なる照明」SIDE-Bではないでしょうか。
実際に起きた女性を狙った連続殺人事件をもとにしたフィクション。
初めは適当に捜査をしていて、笑えるようなシーンも多いのだけど
事件が続くにつれて真剣に捜査をするものの、どんどん影が濃くなっていく。
やはり映像がよい。冒頭の死体に群がる蟻からとび蹴りからスローモーションからどれもよい。
画面にかかる影の雰囲気が黒沢清っぽい。つぎはデビュー作を観るか。

「WALL・E ウォーリー」を観る。
人類のいなくなった地球で過ごすゴミ処理ロボット・ウォーリーの話。
ピクサー映画って「トイ・ストーリー」しか観てなかったのだが、これは傑作。
前半のセリフらしいセリフがないのに“会話”が成立し、表情が見える。
イヴに目の芝居はまだしも“まばたき”をさせるのにはちょっと感動すら覚えた。
冒頭の崩壊した街のシーンや後半の人類の描写なんかもかなりシリアスなラインに踏み込みつつ
紙一重で明るく楽しい雰囲気を保っている。浮かぶイスに寝そべってモニタばっかり
いじっている人がはじめて周りにいろいろなモノがあることに気づくシーンとかは際どい。
「2001年」を意識していて、ツァラトゥストラが流れるなか立ち上がるところもいい。
そんな人類をよそ目に展開されるウォーリーとイブのボーイ・ミーツ・ガールな話も非常によい。
特典として入っている短編「バーニー」も楽しい。あと言語を日本語に設定すると
出てくるチラシや看板の文字まで日本語になるのは凄いと思った。こういうの普通なの?

むしむしW
小田雅久仁「増大派に告ぐ」を読む。
世界には“増大派”と“減少派”が存在し、陰で戦っているのだという妄想にとらわれたホームレスと
そのホームレスに興味をもった中学生の少年の話。日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
まず、作中ではホームレスではなく“乞食”と呼ばれていることにちょっと感動する。
どうやら九十年代の初め(ベルリンの壁崩壊が出てくる)が舞台であり、そういえば
そのころにはホームレスなんて言葉はなかった。そういうところは大事ですよね。
で、このホームレスがとにかくナイーブすぎる。笑いたくなるほどナイーブなのだが
本人が必死なので笑うに笑えず、ただそれが踏みにじられるラストを読まねばならないという。
どこをどう見てもファンタジーではないわけですが、文章がよいので大賞ってのも理解できる。
視覚的なわけではないものの、比喩が素晴らしい。大賞じゃなくて、別にデビューしてもよかったのでは。

「うる星やつら オンリー・ユー」を観る。劇場版一作目。
一作目は原作尊重、なのかキャラクタがたくさん出てきて原作知らない身としてはよくわからん。
しかし二作目とこんなに雰囲気が違うとは。戦争の準備してるところが一番おもしろい。

「スターシップ・トゥルーパーズ」を観る。
銀河の反対側から小惑星を飛ばしてくる虫ども相手に戦争するぜ! な映画。
何かが突出しているわけでもないのだが、全体的にテンポよく進んでいき、バカでかい甲虫が出てきたりする
戦闘シーンも派手なので、これはある意味で教科書的というか優等生な映画なんではないか。
特になにをするでもない戦艦のデザインはかっこよく、敵の撃つ青白いプラズマ砲で
艦が沈んでいくシーンのビジュアルは大変良いと思った。歩兵の武器の貧弱さはおかしいんだけど。
死体ごろごろだし人体切断もあるのだが、妙にさっぱり撮られていてグロテスクではない。
軍国主義をバカにしているらしいのだが、なにも考えずに観るとそうは見えなさそうである。
ところどころに激安CMが入ることで全体がプロパガンダ映画です、という体裁をとっているのだが
それがなかったら本気でこういう話なのだと思ってしまった確率高し。なんせよくできてるんだもの。

昨日のつづき。
テンソル演算子ってのがさっぱりわかんね。スキップスキップ。
一般論のところは基底の選び方とか作用がわからん。これでは進めん。

伊藤計劃「メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット」を読みおえる。
MGS4のノベライズだが、過去作のこともまとめてあるのであらすじ程度がわかってれば読めそう。
とくにMGS2のストーリーは初めて理解しましたよ。そんなデカイ設定だったんだ。
あとがきにもあるように、“ノベライズ”であるので原作通り。BB部隊はカットされてたけど。
この“ノベライズ”というのは非常に強く意識されていて(なんせ大ファンだしな)、
「伊藤計劃の小説」には出てこないクエスチョンマークやエクスクラメーションマークが出てくる。
誰かの物語を受け継ぎ、自分の物語を語ること。ナオミとヴァンプが死ぬシーンに力が入ってるのがなんとも言えん。


見知らぬ隣人たち
「第9地区」を観に行く。だいきゅうちく、だそうである。
南アフリカ・ヨハネスブルグ上空に巨大な宇宙船が現れてから二十年以上がたった世界。
地上には宇宙からの難民であるエイリアンたちの隔離地区ができていて、付近の住民と揉めたおかげで
隔離地区の移転が決定する。その移転計画の責任者の男についての擬似ドキュメンタリータッチな映画。
でっかい宇宙船が街の上に、というと「ID4」があるわけですが
あの宇宙船がほぼ平らな円盤型だったのと比べ、こっちはシャンデリア型なので見栄えが大変良い。
家庭用ビデオカメラで撮影された風(すみっこに日付なんか入ってる)の宇宙船の映像は
「超常現象スペシャル」に出てきてもおかしくない雰囲気で、つくってる人たちは“わかってる”な、と。
エイリアンに立ち退きに同意するサインを求めるシーンのアホさは素晴らしいものがある。
はじめは宇宙人に有効的に見えた主人公が割と外道だったりというテキトーさもいい。
「アバター」と同じく、変なデザインのエイリアン(劇中ではエビと呼ばれているのだが、むしろゴ……)が
徐々に違和感がなくなってきてその“表情”が見えてくるようになるのも面白い。
見せ場は後半のドンパチなわけですが、パワーローダーは「アバター」のほうがよく動いて面白い。
なんかもっと変な動きをしてほしいのである。そういえばあまりSF考証は気にしないほうなのだが
あのエイリアンの銃の引き金は彼らの指には適してなかろうと思った。当たると“飛び散る”のはB級っぽい。

午後からガッコ。SU(2)の話。
対角化とかエルミートとか出てくるのだが、これって行列だという認識でいいのか?
もっと抽象的な空間の話ではないのか。そして物理となにがどう関係しているのか。
来週からゼミるらしいので、そのときに質問しよう。

心の鍵
「ハート・ロッカー」を観に行く。
イラクで爆弾処理の特殊部隊に所属する男の話。Heart Rocker だと思っていたのだが
正解は Hurt Locker だった。意味は「痛みの極限」「棺桶」だそうな。
冒頭の爆弾処理のシーンは乾ききった地面におもちゃのようなローバー(遠隔操作ロボ)、
宇宙服をさらにごつくしたような防護服とまるで月面のような風景で面白かった。
現地のひとが周りでじろじろ見ているのが強調されていて、アウェイ感というか
自分たちはイレギュラーな存在なのだと思いながら作業しているのがわかる。
で、爆弾というと“精密機器”で丁寧に扱わないと危険なのだと思っていたのだが全然違うのね。
そもそも不発弾とかに起爆装置を取り付けただけのシロモノなので、処理といってもコードを切るだけ。
扱いがじつにテキトーで、爆弾が積まれた車のトランクに蹴りを入れたりしちゃう。
コードを持ち上げるとタコ壺のように五個も六個も爆弾がずるっと出てくるシーンでは笑いそうになった。
きっと現実はテキトーなのだ。筋が通って明快なフィクションとは違って。
その後のディティールにこだわった狙撃戦のシーンは面白い。打ち上げ(?)の男祭りは嫌だけど。
一番すごかったのは任務が終わり、国へ帰ってきた主人公が直面する“風景”だ。
倉庫のような寒々しいスーパーマーケットの壁一面を埋め尽くす、似たり寄ったりのシリアル。
この完璧なまでに安全で平凡で死ぬほど退屈な風景。なんか「ファイト・クラブ」を思い出してしまった。
こうして主人公は戦場に帰っていく。しかも現地の男の子との交流で得た余計な“お話”まで背負って。
だからラストシーンの足取りは重いのだけど、そこにはナルシシズムも隠れているような。

午後から学校に行くが寝てしまい何もしない。ひさしぶりに寝たな。

リーリーリー
昼からガッコ。
昨日の続き。きりのいいところまで読んだところで、別の本を見直し。
この本は過去に二度三度借りて挑戦しては挫折を繰り返した本なわけですが
初めて(なんとなくだけど)意味がわかった気がした。多様の知識も必要っちゃ必要だった。
要は単位元のところの接ベクトル=代数がわかれば、そこから連続な部分については一意にかけて
さらに単連結なものは一意に決まります。ということらしい。た、たぶん……。
こういうところこそ、イメージ図が必要だろう。教科書を書く人はそういうところがわかっていない。
しかし用語や仮定が入り乱れていて複雑だな。

g→D(g)
うまく起きられんので昼過ぎからガッコ。

読みこなせないがテキストだけは机のまわりに集まってくる。
一般論の部分はすぐに使うわけじゃなさそうなので跳ばす。わからん。
表現がいくつもある、というのはよい。それは納得できる。
しかし、完全系をつくるときに表現についても和をとるのは納得いかん。
さらには波動関数がふたつの表現の空間に……というのについてはさっぱりわからない。
ということでリーさんのあたりを何度目かわからないがやりなおし。
国境を越えて
桜庭一樹「GOSICK」を読む。
舞台設定は第一次大戦後のヨーロッパの小国。そこの伝統ある学校に通う
日本人の少年と、学校の図書館にいつもいる少女が主人公の軽いミステリ。
つるつるーっと話が進んで終わる。それはライトノベルなのでしょうがないか。
主人公の少年が「軍人の息子」であることにこだわっていたりするのだが、
そういう設定はぜんぜん本編に関係してこない。これでは時代設定が現代でもかわらぬ。
タイトルがタイトルだし、もっと“それっぽい”雰囲気にはならなかったのだろうか。続編はどうなんでしょ。

「トウキョウソナタ」を観る。
線路の傍の一軒家に住む四人家族の話。父は必死にリストラされたことを隠そうとし、
妻は日常に満足しながらも退屈し、息子たちはひそかに自分のしたいことをする。
珍しく(初めてか?)舞台が廃墟や野原ではなく、普通の一軒家で
カメラは食器棚越しだったり物陰からの固定視点にすることで、生活をのぞき見ているような雰囲気に。
お父さんが頑張ってはいるのだけど、それがうまくいかないようすは観ていて物悲しい。
息子を理不尽に怒鳴りつけるところや、息子の担任が子供っぽいプライドをもっているところは
大人っつても本質的になにかが変わったわけじゃねぇや、という感じがする。
しかし、この映画の最大の見せ場は唐突に登場した強盗が覆面を脱いだところであった。いや笑った。
その後の駐車場を出る車をワンカットで撮ったところは車の変形の使い方がめちゃくちゃ上手い。
息子の天才設定は正直いただけないのですが、きちんと皆で食事をとるという終わりかたはよいですね。

たからのまちとまちのたから
「BLOOD THE LAST VAMPIRE」を観る。
セーラー服の少女(?)が日本刀でバケモノと戦う話。劇場公開されたらしいが、48分と短い。
TVアニメやコミックでも展開しているらしく、これだけでは全体像はぜんぜんみえてこない。
CG背景とアメコミ調の乾いた線の画はそれぞれではよいものの、あまり相性が良くないようで
地味な前半とあまり派手ではない戦いのシーンをぼーっと観ているうちに終わってしまった。
ということで全然面白くなかったのだが、賞とったりしてるらしい。ふうん。

「鉄コン筋クリート」を観る。
原作既読。順序の入れ替えはあるものの、ほぼ原作通り。ネズミ関係はほぼ全部出てくるのに
蛇の「そこに灰皿はねーのな」のシーンがなかったのはしょんぼりであった。
キャラクタデザインも原作のタッチを頑張って取り入れているうえ、動いても違和感がない。
そのキャラクタが物凄く細かく描かれた背景のなかを動きまわるのはそれだけでかなり面白い。
惜しいと思ったのは、原作の平面的に描かれたごちゃごちゃした街並みを
CGでつくりあげてしまうと(デザインは非常によいが)むしろ整理された精密さになってしまって
雰囲気がかわってしまうところ。手で描いていたらまた違ったかもしれない。
声はシロこそ違和感がないものの、他のキャラクタは声優がやってるのも含めて違和感がある。
とくに木村は重要なのに間が抜けていて残念賞。クロはセリフの少なさに助けられているが
終盤のイタチの声がひどい。この観念世界のシーンがまた無駄に長いので終盤の印象が
悪くなってしまっている。全体の印象にもかかわってくるのでもったいなかった。

「アビス」を観る。完全版なので三時間近い大作。
海底油田の発掘員たちが謎の事故によって沈んだ潜水艦を調べると……という話。
海底版の「エイリアン」あるいは「未知との遭遇」。宇宙が面倒だったので海にしました、な感じ。
お話のほうは前半はパニックモノの王道で、作業艇でのカーチェイスごっこがあったりと頭悪め。
巨大な潜水艦が沈んでいる画は非常にかっこいい。大きいことはいいことだ。
大きいといえば発掘基地自体が移動できるのだが、これもまたかっこいい。
「ターボレンジャー」の基地が実は巨大なロボットでした、という話があったのを思い出した。
後半の一人静かに深海へ潜っていくシーンはよいのですが、その後の旧約的な展開や
“彼ら”にわかりやすい頭や腕がついているあたりは安くなってしまってよくない。
この内容でこのタイトルはちぃとばかしカッコつけすぎではないかしら。

セミグループ
頭痛いが熱はない。首が凝ってるかんじ。

先生と今後の話。
とにかく基礎がなっちょらん、ということで基礎からやることになった。
手始めに群から。群ねー。挑戦するのは何度目か。
評判のよいテキストを借りたので、しばらくはこれを読むことになりそうである。
ただ、ゼミ形式にすると“ちゃんと”読まなきゃいけなくなるので、しばらく放置してほしいのです。

D型装備
ガイダンスざんす。
気になる単位のほうは、D課程では三年で講義をふたつとればよいらしい。
適当な集中講義だけでも十分いけそうである。これは登録忘れさえしなければいける。
あとはどうせなにをするでもない係決めがあって、つまらん時間を過ごす。

L2空間というのは関数の空間で、内積とそれをつかったノルムがある空間のことらしい。
とするとベクトルとか基底とかいう言葉の意味がよくわからなくなるわけですが……?

重みづけられた四脚
接続まわりをごしゃごしゃ計算。
Eの偏微分と共変微分がいっしょです、というのが本当にわからない。
なんど計算しても行列式部分から変な項が出てきて残ってしまう。
これはこれで出来ないと困ってしまうんだが、細かい計算は面倒なのであとまわし。
先に進むにはL2空間の知識が必要なのでまた本を借りてくるしかなさそう。

まつろわぬもの
やや風邪気味。喉のリンパ腺が腫れておる。

昨日の続き。
前々から謎だった部分が、実は記号のつかいまわしによる困難だったことが判明した。
これは一般のケースのωと同じ役割らしい。その後の計算もいっしょ。
なぜ何のことわりもなくアフィンと同じΓで書いているのかが本当に理解できない。
Pカッコの計算はさすがに面倒くさすぎてできないけど、
あとは新たな接続を反対称記号で分解するあたりがわかれば、あまり悩むこともないのでは。

野阿梓「バベルの薫り」を読み終える。
日本の“霊的危機”を解決するために学園都市で超能力者が戦う話。
あらすじだけみればアニメ的・ライトノベル的ともいえるのだが、
じっさいは重厚すぎて胃がもたれそうなくらいのシロモノであった。
豪華絢爛というかゴージャスな感じのする文体はまず漢字が読めず、読むのに苦労する。
序盤の政治的な話も複雑でつまづきかけたのだが、A2作戦開始後はぐいぐい話が進んで
一気に読めてしまった。とはいえ十分の一も読めてない感じなので、いつか再読する、かも?
さらにラカン哲学(?)をもとにした“システムとしての天皇論”が物語のカギになっていて、
これはこれでさっぱりわからない。「兇天使」よりヘヴィである。きちー。

オメガコネクト
朝のうちにおきた。そこそこの時間からガッコ。

きちんと周知されていなかったと思うのだが、部屋の引っ越し。
本棚の位置が逆サイドになって使いづらい。でも荷物置きの机は左におきたい。
LQGのレビューの読みなおしと計算のなおし。意味があるかはわからないが
ほかにできることもなく。接続はこうおくと条件を満たせることはわかるのだが
反対称なのはどこからなのでしょうか。とはいえいい加減慣れてもきたな。

白の大海
今日も朝おきることができた。明日以降どうなるか……

「ミリオンダラー・ベイビー」を観る。
女性ボクサーとトレーナーの話。よくわかりませんでした。精進します。
頭のなかで自動的にお話の類型処理をしてしまっていて、細かいところに興味が持てずじまいだった。
特別「暗い話」とも思わないのだが、「好き好き大好き」の正反対の方向の決断はほんとうにこれでいいの?
そういえばボクサーの家族が一目で駄目なひとたちだと分かるのは素晴らしいと思った。

「白い嵐」も観る。
帆船を舞台にした学園モノテイストな話。リドスコでドラマ重視って初めて観たぜ。
船のシーンはよい。波で三十度近く傾くところや、嵐にもまれるところは目を瞠る。
イルカのシーンはあんな中途半端じゃ尻尾も映す必要はないやね。
肝心のドラマパートは海である必然性がほとんどなく、ぱっとしない感じ。

“よく訓練された”兵隊たち
きちんと朝のうちにおきて掃除。
しかし埃というのはどこからきてどこへゆくのか。

「プラトーン」を観る。ベトナム戦争映画。
いちおう「日常生活的な正義」VS「戦場での正義」みたいなドラマ付けもあるのだが
それよりも鉈で道を切り開きながらの行軍や戦闘シーンが面白いのである。
初めて敵と遭遇するシーンは「回路」の女幽霊シーンにおける「動いた? ……動いたー!」
みたいな感じで大変楽しいし、ウィリアム・デフォーが大勢の敵に追いかけられているのを
空から映した画は状況を客観的に観ている感じがでていてよいのである。
一番すごいと思ったのは終盤、夜間戦闘のために打ち上げられた照明弾の白い光で
影が影絵芝居のようにゆらゆら揺れるところ。こんな風景みたらトラウマになりそう。
戦争の異常さについては、村を焼き払ったときに米兵が村の子どもを肩車している
シーンがなんともやるせない気分にさせてくれる。今はそれ以上のことは言えませんが。
割とどうでもいいところでは、バーンズの「死ぬってどんなことかわかるか?」という
セリフに聞き覚えがあって、いったいどこで聞いたのだろうとしばらく考えてみたところ
チルボドの「Needled 24/7」のラストに入ってるセリフでした。
あと、顔が汚れてるシーンが多いので、彼らの瞳は青いのだということをしみじみ感じた。

存在論的実在
図書館と本屋とTSUTAYAを巡ってからガッコ。
DVDはやったー百円だー、と思ってレジにいったら百円なのは
先月末(つまり一昨日だ!)までだそうな。百円シール剥がしといてよ!

QMつづき。
式まわりはもう諦める。ここを攻略するには別の本が必要だ。
コラムの観測とはなんぞや? というあたりを読む。波動関数は実在ではなく
あくまで計算をするための仮の姿であり、得られた物理量こそ実在である、と説いている。
まぁわかりませんな、いまは。いずれ無矛盾な理論ができるんでしょう。
とはいえ、とかく人は時間のなかにモノをみてしまうようにできているので苦労しそうですが……

なんだかんだで三月は半分くらい休んでいて、もう四月ってのは信じられん。

クラシカルな場の話はわからないのでスキップして、QMに入る。
こっちはこっちで記号が意味するものがわからない。初出のものは全部定義してくれ。

気がつけば「マルドゥック・スクランブル」の映画版のHPが出来ていた。
かつてのアニメ化企画は潰れてしまったが、別のところで映画としてつくられるらしい。
キャラクタデザインとPVが観られる。キャラデザはあんまりぱっとしない感じ。
バロットはもっと眠そうでダルそうなほうがいいし、ボイルドはもっとガタイがよくて
暗い雰囲気のほうがよいな。前のアニメ化のときのほうがバロットのデザインはよかった。
PVは始まってすぐの中華街っぽいカットが「イノセンス」そっくりで笑ってしまった。
こういうデザインってもっと遡ってあるものなんでしょうか。ブレラン?
脚本は原作者自身が書くのでそこは安心してもよさそう。PV後半に
変態男集団が出てきているということは、ほぼ原作一巻消化を目指すのだろうか。
バロットの目には見えない能力がどう映像になるのかは楽しみ&不安なところ。
街のデザインや音楽がぱっとしない気もするのですが、進捗は見守っていきたい。
あと小説のほうの完結編も出るらしいので、読みなおそうかしらん。



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