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不思議の国の日記
"I see nobody on the road." 彼女には彼が見えるのです
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ヘヴンズ・ゲート
昼からガッコ。
教科書やらレビューやらを読み直す。粗筋がわかっても計算ができん。
よく出てくる“distribution"というのがわからん。やっぱり数学やったほうがいいか?

「天国の門」を観る。
19世紀末のアメリカにおける移民たちの話を史実に基づいて再現した、という話らしいが
そんなことよりも「史上最大の赤字を出した映画」「災害」として有名らしい。
しかもこの記録を抜いた赤字映画はかの「ファイナルファンタジー」だそうである。憐れ。
そういう伝説はさておき、映画としてはかなり良いのではないか。
とにかく人が多いのだ。画面が人で埋め尽くされている。こういう画は好きだ。
しかもシナリオ上の要請でもないのに大勢で踊ったりして、ぐるぐる廻るカメラで撮ってたりする。
もうひとつ目立つのは煙。めちゃくちゃ乾燥した地域らしく、馬が走るだけで朦々と土煙が立つ。
機関車も煙を出すし、一番すごいと思ったのは写真を撮るときの煙とそれが流れるのを追うカット。
お話のほうはよくわからないところもあるのだが、そんなに売れない映画にもみえないのだけど。
若き日のクリストファー・ウォーケンは目元がジョニー・デップによく似ている。
主役級と思われたジョン・ハートは全然出番がねぇの。あと冒頭の卒業式では学生にみえなかったぞ。

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バラ持て待つ
「復讐者に憐れみを」を観る。
姉の手術代のために営利誘拐を企てた聾の青年と、娘を誘拐された父の話。
ぐずぐずになっていく復讐劇は個人のレベルでの「ミュンヘン」を観ている気分だった。
この監督の映画を観るのは初めてだが、ポン・ジュノよりも意図的に変な画を撮ろうとしている感じ。
主人公が騙されて裸で転がされてるところから一気にカメラが下がったりするのは面白い。
R-18指定されているだけあって暴力(と呼んでいいのかこれは)描写は
それ映さなくてもいいから、と言いたくなるようなシーンもある。傷口ぱくぱくは痛い。
個人的に、血そのものは割と平気だし、銃殺や撲殺の類は観ていて平気なのだが
刃物でぱっくりいった傷や傷から血が出るのは得意じゃないのである。なんか身近におきそうで嫌。

例によって体調悪し。熱があるので早く寝る。なぜ休日に限って……


きみのためなら死ねる
「ボーン・アルティメイタム」を観る。三部作完結編。
序盤の駅での攻防、ボーンによって制御・制圧されていく様子が素晴らしい。
格闘アクションも三部作のなかでは一番頑張っている。本の使い方に感動した。
お話はきちんとボーンの過去が明らかになって、綺麗に終わる。
二作目でボーンの手帳には「Who was I?」と書いてあった。「Who am I?」ではなく。
ある時点より過去が思い出せないというのはどういう気持ちだったのだろうか。
そういえば四作目もつくるらしいですね。まだCIAとやりあうのかしら。

「スターリングラード」の悲劇があったばかりだというのにやってしまった。
借りようとしたのは82年版のほうだったのだが、07年のリメイク版を借りてきてしまった。
ということで「転校生 ―さよなら あなた―」を観る。
中学生の男女の体が入れ替わってしまって、という話。原作は有名な児童書だが未読。
まず冒頭、主人公の少年と母親の会話のせかされているかのような変なテンポに笑う。
しかし変なのはそれだけではなかった。この映画はすべてが変だ。ふつうではない。
体の入れ替わりをパニックもおこさず受け入れたあとはお約束的なギャグが続くのだが
その間になにか異様なものが世界が出現する。蕎麦屋の壁にかけられた先代たち(?)の写真。
レコードを聴きキルケゴールを読む少年。修学旅行先の旅館にある人形だらけの部屋。
そもそも現代が舞台でケータイもでてくるのにノスタルジィというか日本的なものが強調されている。
たぶん単純に“監督の好きなモノ”だ。「ディスコミ」にとても近いものを感じる。
なんだこれーと思いながらも気楽に観ていたが、中盤から急展開にもまたびっくりである。
ギャグかと思ったらそのまま話は進んでいき、観ているほうは居心地が悪くなってしまうほどの展開である。
似たような展開の話は山ほどある。が、この映画の主人公たちは特異だろう。平然としているのだから。
入れ替わりについてもそうだけど、きっと実際は混乱したり悩んだりしているはずなのだ。
しかし映画のなかでは(悪態をつきながらも)受け入れてしまう。これってすごいことだと思う。
誰かの代わりに死ぬこと。誰かが代わりに死んでしまうこと。その気持ちを共有すること。
神経質でナイーブでなにかと大騒ぎしがちなキャラクタが増えてきたフィクションの世界において
しっかりと事実を受け止められる強さとたくましさ、頼もしさに感動してしまったのだった。
そんなシリアスななかにも獅子舞とか旅の一座とか意味不明なものを入れてくる監督もまた凄いぞ。
主役の二人、特にヒロイン(小西真奈美と麻生久美子似)は素晴らしい。今後にも期待。

「ミュンヘン」を観る。
ミュンヘン五輪でのイスラエル選手の殺害事件に対する報復暗殺「神の怒り作戦」の話。
細部の違いはあれど、大まかにいって過去にこんなことが起きていたというのが一番すごいところである。
中東問題は宗教と絡めて千年単位の因縁として語られることもあるみたいだけど、
現実にはもっと近い範囲での問題意識なのではないだろうか。この映画の主人公の母親は
家族を第二次大戦中に殺されている。そのときにユダヤ人の“国”があれば、そうならなかったかもしれない。
ようやく手に入った“祖国”(字幕ではそうだけど、セリフとしては home)はもう手放せない。
劇中に出てくる“パパ”の家は平和そのものだけど、それを守るために何がなされているのか。
妻や生まれたばかりの娘と自宅でゆっくりすることも許されずに暗殺を続けてきた主人公が
「僕がやってきたことを知りたい?」と尋ね、母親に「いいえ」と答えられるやるせなさといったら。
ラスト、川の向こうに広がる誰かの“祖国”の寒々しい風景が印象に残る。
あと「シンドラー」「プライベート」と比べると殺人シーンは少ないだけに生々しさが強調されて
この三つのなかでは一番えぐく感じた。パイプ銃の間抜けな感じが嫌な感じに転換されてイヤ。

踏み石は続く
昼から学校。
書き散らしてきたノートの順番を確認し、番号をつける。
あとで見直すとも思えんのだが、捨ててしまってはコピー用紙と変わらん。
その後、昨日読んでいたあたりをノートにまとめてみるが、
危惧していたとおり実際に計算をしようとしてもできなかった。線積分わかんね。
グラフ中のあるノードだけに注目する、ということをしているのだが
線積分のゲージ変換には初めと終わりの両方が必要なわけで、どうなっているのやら。

「ボーン・スプレマシー」を観る。
「アイデンティティー」の二年後、ふたたびボーンが何者かに狙われて、という話。
監督は変わったが、脚本は同じひとが書いている正統派続編。
登場人物のひきつぎが多いので、ちゃんと前作を観ておかないと話がわからない可能性がある。
監督の趣味による細かいカット割りと手ぶれはあまり好みではないが
前作同様にボーンが自明さをもってガンガン行動していくのは楽しい。全然喋ったり迷ったりしない。
とはいえ、「自分はなぜ追われているのか」というボーンの行動の原因が
観客には序盤の時点で示されていて、ストーリーによるリーディングは前作より落ちている。
終わり方も続編を意識して中途半端(シーンとしてはとてもよいです)。「アルティメイタム」は明日観る。

点と線と面
LQGのレビューを読む。
今まで読んでいたものは実は不完全(というか図とか式が抜けてる)もので
もっと長くて詳しいバージョンがあることがわかったので、そっちを印刷。
やろうとしていること=ストーリーはなんとなくわかってきたのだが
これは自力で計算ができる気がしない。複雑すぎる。どうにかなるのか?

鉄筋コンプリート
レビューを読む。
見慣れぬ分野ゆえに定義や仮定で頭がいっぱいになってしまって
全貌を把握することはできなかった。こりゃまたいつか読み返すしかないな。
このところ延々と数学の迷路をさまよっているわけだが
「急がば回れ」はどこまで有効なのだろうか。でも気になるしな。

無知の値
体調がよろしくないので休み。
しかし取り置き期限が迫っているので図書館には行くわけですが。

ここのところ、ちょぼちょぼと現代史の本を読んでいて
何も知らなかったことを自覚するとともに、フィクションのなかで
気にとめていなかった部分が実はいろいろと関係していることを知ったりしてなかなか楽しい。
こういうのこそ高校とかでやってほしかった。日本史も世界史も完全に先生の趣味だったもの。

天烈終息
昼からガッコ。
中性子実験の話を聞く。やはり日本人はプレゼンが下手である。
日本でつくったニュートリノを韓国でうける実験、とか規模がでかすぎてよくわからん。

コーヒーのことを「コーシー」と呼んでたのは誰だっけな、と
くだらないことを考えながらトポロジーのあたりを読み直し。
オープンセットとネイバーフードの違いが曖昧である。日本語で「開近傍」と
呼んでいるのはこれらをなにか制限したものなんだろうか。英語だけだとつらい。
あいかわらず“アルジェブラ”という言葉もピンとこない。

Why not?
引き続き風邪気味。

「ワイルドバンチ」を観る。
西部開拓が終わった後の西部劇。西部劇を観るのは初めてだ。
ペキンパーの映画を観るのもこれが初めてなのだが、始まってすぐの銃撃戦での
スローモーションの使い方に既視感がありすぎて笑う。この感覚は知ってるぞ。
それだけ影響力が強かったのだろう。しかしそこから進歩がなかったとも言える。
馬に乗ってるところはカッコいいし、初めてマシンガンをつかってはしゃぐオッサンもいいし
曲もよい。子どもから爺さんまで実に屈託なく笑うのが妙に印象的だった。
あと、給水塔(スタンド・バイ・ミーにも出てくるやつ)の使い方を初めて知った。

「もののけ姫」観直し。
意外と説明セリフが多かったり、盛り上げようと音楽がうるさかったりするのね。
以前は全く気にもとめていなかったが、ジコ坊が非常にいいキャラクタである。最高。

さむけ
体調悪し。
このところ日中は十分に暖かかったので、夜も涼しい恰好で大丈夫だろうと
思ったのが間違いであった。熱っぽいし、いつもにもまして鼻水がとまらん。
すぐ横の通りではお祭りのようなものをやっていて、夕方になってから始まった
大音量のブラスバンドに顔をしかめながら早く寝る。

眼球嘆
朝から暑い。全国的に真夏日らしい。

まず眼科。
ひさかたぶりに視力を測るなどしてから、瞳孔が開く(?)目薬をさして目の検査。
もともと“眩しがり屋”であり、そこにライトを照らされてしまっては
どうしても瞬きしてしまうのだが「我慢して!」と怒られる。瞬きって自分の意思で
制御できるんでしょうか。これって反射じゃないの?

図書館にも行ったりしていたので学校に着くのは午後。
すぐさまゼミ、というか現状報告。
Aのひとはインド人らしい。そっちのほうの名前だったの?
というのはどうでもよくて、しばらくはあまり数学的な方向につっこまずに
簡単なモデルでの計算ができるようになることを目指しましょう、ということになる。

昨日のレビューの続き。
序盤こそ簡単だぜと思いながら読んでいたが、トポロジーの話が出てきてわからなくなる。
座標とかそういう話ならやったんだけどなー。意外と手ごわそうだ。

円柱ファンクション
RHSのつぎはどこへ行けばよいのかわからないがレビュー印刷して読む。
量子化の方法についてのCylというやつは何となくわかったが、どうしてこれが
正当化されるのかが載ってない。もっとリファレンスは詳しくかいてほしいのだけど。
一般のHSについての詳しいレビューがあったのでそれを読み始める。

強化書
RHS続き。
ひとまず読み終え、言いたいことはわかるが詳細が不明なままである。
波動関数がさきにあってからブラケットが定義されるかのように書かれているのだが
ここらへんの順序とか演算子の具体的なかたちとか、基本事項が抜けている。
日本語の教科書で詳しくまとめてあるのはないのかしら。


持ち上げて、落とす
昼間は暑いくらいなのだが朝晩は少し寒い。

量子化のレビューからRHSのレビューへ。ライトハンドサイドではない。
ここでは状態が波動関数をベースにして記述されているのだが、基底はどうなっておるのか。
M1のときはブラケットがさっぱりわからず苦労し、いまは基底なしの波動関数に戸惑っている。
しかもブラケットは汎関数らしい。わからんなぁ。

三つの条件
目が痛いので眼科に行く。
アレルギーによる結膜炎ではないか、とのこと。
この手のものにかかると「涙が出て、鼻にながれるので鼻水もでる」「ものがぼやけて視える」
「眩しく感じる」という症状がでるそうなのだが、すべて日常的な状況なので差がわからない。

量子化の話のをプリントアウトして読むが何やってんのかわかんね。
具体例を書け具体例を。抽象操作だけ書かれてもどうしようもないだろうが。
深みにずぶずぶと嵌り込んでいる気分だ。

GMからIMへ
若島正編「モーフィー時計の午前零時」を読む。
チェスアンソロジーということで、チェスの天才が出てくる話から
ちょっとチェスをやってるシーンがあるだけのミステリまで全十一篇+α。
あるグランドマスターの執念のこもった時計を巡る表題作と「マスター・ヤコブソン」が面白い。
「ユニコーン・ヴァリエーション」は人類の存続をかけてユニコーンとチェスをするという
あらすじはカッチョいいのにコミカルな作風でしょんぼりであった。
チェスは一対一の勝負であること、才能が非常に重要であることにくわえて
膨大な過去のデータの蓄積のうえに成り立っているところがクールなイメージの源泉だなぁ。

「アニマトリックス」を観る。
マトリックスと同じ世界観における短編アニメ集。一本一本はかなり短い。
「キッズ・ストーリー」「ビヨンド」が面白い。どっちも背景がきれいだ。
本編の前日譚である「セカンド・ルネッサンス」はもっときっちりした画でつくってほしかった。

「マイノリティ・リポート」を観る。
未来予知により殺人を未然に防ぐことができるようになった近未来の話。
中盤の空飛ぶ部隊に捕まえられそうになるあたりのアクションがよい。
こういう場面の“居合わせてしまった一般人”描写は好きだ。
偽造を防ぐために予知の結果は木の玉に掘られて出てきたり空気砲みたいなショットガンがあったり
グローブをはめた手をつかって操作するマシンがあったりと小道具も楽しい。
お話が普通のミステリなのが変な感じ。

銀色のポーン
目が痛い。そして少し肌寒い。
「モーフィー」を読み始める。なかなか。

ループのはじまり
ゼミゼミ。
群はここまでにして、本編に入りましょうかという話なのだが
手持ちのものではどれを読んでもわかりませんのでどうしましょうか、という問題。
古いレビューを探すしかない、という当然の結論が得られるのですが
ほんとうにそれで大丈夫なのか? 諦めて他のをやったほうがいいんじゃないか?
という声がどこからか聞こえてくる。もうちょい粘ろう。

接続の話は主束ってなに? というところがわからん。
今読んでる教科書よりもやさしいのを探さねばだめだ。

バンドルソフト
ガッコの図書館で接続の教科書を借りたのでそれを読む。
フォームの復習もやったので進んでないのだけど。でも慣れてはきている。
ちょうど去年の今頃やっていたバンドルの話がわかるようになってきているが
消化に一年かかるってどうなのよ、という気もしてきて素直には喜べず。複雑である。
接続フォームの話が出てきたあたりで今日は終わり。昨日今日と寒いのう。

透明な蜂巣箱
普段使っているところと違う図書館に行こうとしてバスを間違える。
一度スタート地点に戻るしかないか、と思ったが、その途中で目的地に着いた。
この図書館にはCD、DVDとかVHSビデオとかがある。映画関係はビデオが多く
文化資料とか科学関係のドキュメンタリーはDVDのほうが多い。
アニメも世界名作劇場系(「七つの海のティコ」とか)はビデオがあるのだが、
“一巻から三巻は故障のため観られません”になっていて笑う。そら何度も再生したら壊れるよな。
一度に二本までしか借りられないのは不便だが、古い映画はここで借りるのがよさそう。

群のテキストを眺めるがこれ以上は進めなさそう。
大きな群のなかに、とか破れとかはよくわからん。素粒子関係はいま使うわけではないし
あまり気にしなくてもよさそうであるが、かといって表現論がマスターできたかといえばそんなこともない。

「ミツバチのささやき」を観る。
「自生の夢」に出てきた映画。ストーリーはさっぱりわからなかったのだけど
どうやら「幼い少女が“死”について興味を持つ話」らしい。そーなんだ。全然わからなかったよ。
で、主役のアナ・トレント(登場人物の名前は演じてる人と同じ)がとんでもない美少女でたまげた。
かつてナンシー関は「美少年の場合は“美”の比重が重いが、美少女は“少女”のほうが重い」と
いうようなことを書いていたけど、アナは“美”のほうが重い。小説中でも出てきたけど
映画を観ているときの表情や瞳、食卓で時計を鳴らした父親と目を合わせるときの顔が素晴らしい。
しかし中盤でちょっと退屈してしまった。ストーリーによるリードがないと飽きてしまうのは精進が足りん。

ほろのみとふらっくす
LQCのレビューを読むが、わけわからなくて二時間も寝てしまった。
これは想像以上にハードルが高そうだ。一般論も大変そうだが
そこから簡単なモデルで具体的な計算に入るのもかなり複雑で、WDWのようにはいかなそう。
問題は何を参考にしてやっていくかだよなぁ……

そつぶこ
テキスト読みに詰まる。
テンソル積が分解できることはわかった。ヤングの図もまぁOK。
しかしそこから“大きな対称性”を考えるあたりが何をしているのやらさっぱりだ。
縮退が解けるとかいうあたりもよくわからない。ここは量力のほうの話なのか?
素粒子に色という性質をつけることで表現できる粒子の数が増える、というお話はわかるのだが
それが大きな対称性の云々となるとよくわからず、教科書の説明も適当になるのでどうしましょう。

真実の戯言
「トゥルーライズ」を観る。
自分が特殊諜報員であることを家族に対して隠している男が核兵器テロに挑む話。
おそらく多くのひとが「ハリウッド映画」と聞いてイメージするであろう
“銃撃戦があって大爆発があってアメリカ万歳でラストがキスシーンで終わる”にかなり近い映画。
もう完全なドタバタアメリカンマッチョなのだが、これは良くできてる。ウェルメイド。
中盤までシュワちゃん主演なのに戦わないのは新鮮だなぁと思いながら観ていたのだが
終盤の展開が“お約束”通りで面白すぎて笑う。シュワルツネガー+銃という黄金方程式。

「ブラックホーク」「秒速」観直し。
「秒速」は綺麗な背景とゆったりした間が本当に好きなのだが
観るたびに人間(キャラクタ)の作画はもうちょい頑張れなかったのかと思う。
とくに一番最初、小学生の明里が傘を差してくるっと廻るところ。目の描き方がぐるぐる。
そこは気合い入れる大事な場面だろうがー! 修正版とか出してくれないかな。

四日と六時間前の夢
「デジャヴ」を観る。爆弾テロに対して“特殊な捜査”をする話。
基本的に脚本自体に不満を感じることは少ないのですが、この映画の場合は
「B級の脚本をA級のように撮っている」というアンバランスさでめまいがした。
こういう作中リアリティのバランスが悪いのって生理的にダメなんですよ。大嫌い。
初めに説明される“白雪姫”システムだったらまだOKだった。なんでタイミングよく
テロ現場の付近を監視してたの? という疑問はあれど、展開的にも面白くなりそうだったし。
しかしその後に明かされる真実とその気づきかたは体が受け付けないレベルでダメでした。おうぇ。
そこらへんからアクションのためだけのアクションがあったりするしマヌケなシーンが増える。
デンゼル・ワシントンが例の装置のバッテリーを背負っている画は「ゴーストバスターズ」なのに
真顔でやっているから余計滑稽だし、下着になってちょこんと体育座りしている画もマヌケ。
そして最終的につじつま合ってんのかこれは。“二回目”だとしてもおかしくない?
という具合にげんなりした気分になってしまったのだけど世間的には高評価らしい。んなバカな。

八銃士
昼からガッコ。
ゼミは短い時間で終わった。わりと惜しいところまで来ていると思っていいですか?
しかしこの初めにこの“対応”に気づいたひとは偉大である。かなり頭がおかしい。
普通の感覚では越えずに踏みとどまってしまうところを勢いよく越えている。
と、思ったけど今では見慣れたQMも意味不明ですよねー。


Legend of the Emperor
昼からガッコ。
寝つつテンサーのあたりをやる。変換則がよくわからないうえに
成分と基底がごっちゃになって混乱する。上下で左右にずらして書いてほしい。
抽象的な生成子と、その実際の表現の表記わけもお願いしたい。
明日ゼミなんだけど、ぜんぜん進んでないぜ―。

帰ってくると、アパートのすぐ前の電柱に黒い看板が張り付けてある。
ま、まさか! と思ったらそのまさかで、渡辺文樹の宣伝看板だった。豪華四本立てだってさ。
観にいけるのか? と日付を確認すると今日の午後でやんの。もう終わってんじゃん。
朝からこの看板あったのかしら。あったとしてもアパートから出るときには影になってるんだけど。
“次の遭遇”があるとも思えないのでガッカリ度は高め。しかし冷やかし半分で観に行くのも
いろいろと危険な感じがするのでこれでよかったのかもしれん。でも一度は観てみたい。

スノウ・ホワイト
今日で休みも終わりかぁ。とはいえ、三日後にはまた休みなわけですが。

「デス・プルーフ」を観る。
チリチリの映像でうだうだ喋ってカーチェイスでドッカーンな映画。
カーチェイスのスタントがすごい。しかしほかに何を言えばいいのか。

「白雪姫」を観る。
ストーリーは知っていたし、キャラクタの見た目も知っているのだが
これまでまともに観たことがなかった。で、控え目にいって度肝をぬかれた。
これは世界初の長編カラーアニメーションということで1937年製なのだそうだが
とにかく動く。画面いっぱいが動く。白雪姫のまわりには動物たちが集まっていて
一緒に移動したりするのだが、全部が動く様子は「う、動いてる!」としか言いようがない。
実写でも沢山の人が映っているということはよくあるが、それらはただ歩いていたり
食事をしていたりするだけだった。しかしこの動物たちは一匹一匹が独立した動きをするので
どこを観ていればいいのか迷うほどである。セリフがなくても動きで全てが伝わるという
アメリカアニメっぽさはこの時点ですでに確立されていて、動物たちといっしょに
家の掃除をするパートはよくこんなの考えたなと唸らされる。演奏シーンのドラムまわりも凄い。
まるっこい動物のデザインは手塚治虫に強い影響を与えているのもわかる。
また、動物や小人たちはデフォルメされた動きをするのだが、白雪姫や女王(魔女)には
どうみても“人間の動き”としかいいようがない動き方をするシーンがある。
ウィキペディアによると実写をもとにした部分があるそうなので、それなのだと思う。
もちろんアニメで“現実的”な動きにこだわることはないのだが、
それにしたってこんなにも差があるものなのかというのは驚きであった。これまで無自覚すぎた。
デジタルリマスター版ということで映像は十分綺麗なのですが、そのぶん音の悪さが気になる。
「ハイホー」「いつか王子さまが」と曲もよいので、もっといい音のバージョン出ないのかしら。

「マスター・アンド・コマンダー」を観る。イギリスの船とフランスの船が戦う話。
帆船どうしの戦いということで大砲と直接乗り込んでの白兵戦。
「白い嵐」の船より大きくて、マストに絡みつく異常な数のロープはlainの電線みたい。
大砲って思っていたより射程が長いらしく、望遠鏡を使ってようやく相手の船が見えるような距離でも
どかどか撃つし、ばしばし当たる。そんなもんなのかしら。これは迫力があって大変よい。
船内の様子や戦闘配備で壁をどかしたりするシーンもあるのだが、狭い空間のなかに人がいっぱいいるので
ごちゃごちゃしていてどこに何があるのか把握できない。そして船の用語がさっぱりわからん。
そういえば舵というのは船のどこを動かしているのかすら知らない。さすがにいかんな。
話のほうは船内でイジメが発生したり唐突な展開でガラパゴス島に上陸してトカゲを捕まえてみたり
一貫性がないというかなんというか。船長のラッセル・クロウよりも医師役のポール・ベタニーのほうが
落ち着いた存在感で主役っぽい。このひと「ROCK YOU!」のチョーサー役のひとなのね。
暁を覚えず
ちょっと外に出たあとは本を読んで過ごす。眠い。


みっつめの真実
新城カズマ「15×24」を読み終える。
三巻まで読んだあと、これはまとめて読むべきだと全巻揃うのを待っていたのだが
揃ったら揃ったで積んだままにしていたのでまとめて読んだ。全六巻。
話はおちるところにおちるんだけど、進むにつれてどいつもこいつも説教くさくなるのがきつい。
死とか自殺とか観念的にならざるをえないのはわかるんですが、そのままセリフにされるとつらいです。
システム論というか、警察は民間のネットワークを利用したほうがいいんじゃないのとか
自警団が電子マネーをつくろうとしているとかはキャラクタの言葉ではなくて作者自身が透けてしまっていて大変よくない。
一番残念なのは終盤はキャラクタが散っていて、二巻の最後のように同じ場面を
くるくると違う視点で見ていくというのがなくなってしまったこと。これは本当にしょんぼり。

「ストーカー」を観る。
VHSで上下巻に分かれていて、どんだけ長いんだと思ったら160分強。そんなでもなかった。
突如として出現した謎の領域“ゾーン”のなかにある“願いがかなう部屋”に
“教授”、“作家”、そして案内人である“ストーカー”の三人が向かうというストーリー。
上巻の時点で眠くなってしまって大変だった。三人の見分けがつかないうえ声の違いもよくわからないのに
カメラが遠いまま喋るので誰が誰にむかって喋っているのかがさっぱりわからない。
画は綺麗なんだけどあんまりカメラが動かない。いやーよくわかりません。「ノスタルジア」のほうが好きね。

84年前の記憶
「15×24」を初めから読み始める。今日明日で読もう。

「タイタニック」を観る。「アバター」以前の“世界で最も売れた映画”らしい。
正直、ただの恋愛ものでしょ、と侮っていた。指ついて謝りたい気分である。ごめんなさい。
まず前半の豪華客船っぽさがよい。なんかもう人がたくさん映って動いているだけで楽しいっす。
機関室っていうんですかね、ボイラー室っていうんですかね、とにかく動力室なんですが
この時代の船は“石炭で動いている”というのが映像で観るとかなり衝撃的。人力で石炭入れて
人間より大きなピストンを動かして、船首で海を割って進むというのが本当にカッコいい。
後半の沈没パートはその迫力とディティールが素晴らしい。
氷山と衝突してもはじめは落ち着いて対応しているのに、沈むにつれて徐々にパニックが大きくなっていくのは
それまで抱いていた沈没のイメージとは全く違うもので、こんなんだったのかしらと感心する。
非英語圏の人が辞書みたいのを片手に案内板を観ているところがあるのがすごい。細かすぎる。
水が入ってくるときの容赦ない感じや、皿が重なったまま落ちるところもよいのだが、
一番すごいのは船が折れるところ。船尾が持ち上がってスクリューが見えるシーンは
海に落ちた人とのサイズの比較もあってロボット起動みたいな迫力がある。船は鋼鉄の塊なのだ。
船から滑りおちる人や、凍死した人もちゃんと映る。「宇宙戦争」もかくや、という出来。
この全体が年老いたヒロインの回想、というのが現在と過去を結び付ける役割を果たしていてまたよい。
「シザーハンズ」も似たような構成だけど、あちらと違って老いたヒロインの
しわくちゃの顔や腕がちゃんと映るところが歴史性の重みづけに役だっている。ラストの裸足で歩くシーンが素晴らしい。
あと絵を描いてもらっているシーンのヒロインが一番綺麗に撮れているのは圧倒的に正しいと思った。
レオナルド・ディカプリオは「トップガン」のトム・クルーズを思わせるような無邪気さで
微笑ましいのだが、主役だというのに存在感は妙に薄め。少女マンガのキャラクタみたい。
ヒロインが救命ボートから跳び下りたり、拳銃持った婚約者に追いかけられたりするような
余分なシーンも多いんですが、気にしないことにしました。いやーキャメロンってすごいんだなー。



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